計量経済学教育におけるコンピュータ利用の試行錯誤

(   『私情協ジャーナル』 1996年7月   )


はじめに

計量経済学は伝統的に嫌われる科目の代表格という感があるが、 近年は、パソコンを活用してこうした食わず嫌いをやわらげる授業が試 みられているように思う。 私立大学経済学部に奉職して 4 年になるが、筆者もまた そういう授業をしたいと思ってきた。

小稿では、筆者の担当科目のうち、講義科目の計量経済学(履修登録者 200 人 前後)と小人数のゼミナール(20人前後)に関して、コンピュータ利用の 試行錯誤を報告させていただく。


講義における利用

一年の講義スケジュールは、回帰分析の理論、単一方程式推定による 経済分析を経て、簡単な連立方程式モデルによる分析手法を学ぶというもので ある。例年、春の最初の時間には IMF による世界経済予測などの新聞記事を 引用して、こうした経済予測の方法を学ぶことを最終目標にしたいと話す。そ の時点での学生の反応は概ね良好なのだが、講義を重ねるにつれて省略事項 が累積し、年度末に簡単な乗数分析にたどりつく頃には教員・学生ともにか なり消耗している。 こうした消耗を和らげる目的で、パソコンの利用を試みはじめた。

たとえば回帰分析では二次関数を用いて単回帰の原理を説明した後は、 実際にパソコンを用いて回帰分析を行う。 データを用いて何度も反復して回帰計算を 行うなかで R2 や t 値のもつ意味を述べていく。 用いるデータは人為的に作成することもあるが、たとえば、前年度計量経済学 の回生ごとの平常点と試験点の結果を用いたり、結婚に関するアンケー トや飲酒量に関するアンケート結果など、身近な意味のとりやすいものを引用 する。

次に生の経済データを用いた分析にすすむが、分析以前のいく つかの準備知識が障害となって先へ進めない場合がある。 たとえば、輸入の所得弾力性を推計するという問題を設定しても、対数回帰式 の係数が弾力性の推計値になることなどは天下り式に与えざるをえない。 説明に飛躍があると興味の大半は失せるようで問題の設定は慎重に行うように心 がけているが、結局、絶対所得仮説型の単純な消費関数の推計、ストック調整 型投資関数の推計と要因分解等がテーマとなる。

最後に、公定歩合の引き下げや減税政策の効果などの教科書的説明を矢線図 で示し、連立方程式モデルの基本を説明する。国内への効果だけ でなく内外金利差が為替の変化を通じて輸出入に影響するところまで図に すると、さすがに経済学部の学生は納得したように聞いているが、モデル化の説 明、シミュレーションの説明は困難である。簡単な数値例で連立方程式モデル を解く小テストを何回も繰り返した後に、パソコンソフトを用いてシミュレー ションを行う。

以上の講義を通じて現在用いているパソコンソフトは、表計算ソフト (Microsoft Excel)と、自作のシミュレーションプログラムである。 受講学生には コンピュータに関する予備知識をまったく要求していないので、 まず表計算ソフトの基本操作を練習したあと、 生の経済データの時系列プロットや成長率と寄与率、加重平均の計算などを 行うことにしているが、パソコンはまったくはじめてという学生も多く、 Excel でのグラフ作成などの操作もかなり煩雑なようである。

また、計量経済モデルシミュレーションのための操作の簡便な市販ソフトと しては PC-EMS や ECONOMATE などが有名であるが、筆者が用いているものも これに類する。 受講生が将来にも統計分析を行うような場合を想定する と TSP や GAUSS といったパッケージを用いた方がよいが、 これらを利用するためには別途エディタ操作やファイル操作が付随せ ざるをえず、現状では講義での利用は難しい。また、これらは米国で開発さ れたために機種依存性が強く、日本製のパソコンでは作動しなかったり、グラ フィカルなインターフェイスが利用できない場合が多い。SAS や SPSS と いった利用層の広い汎用パッケージでは、経済学特有のモデルシミュレーショ ンを行うことが困難であり、このようにソフトの選択には常に迷いがある。

しかし、ともあれコンピュータを使うメリットは、 最初に最後まで見せてしまうことで講義の目的を明確にできることだろう。良質の ソフトを用いることによって、計量経済分析の面白さを示 すことができるだろうと考えている。 また、初等統計を扱う局面などでは、 表計算ソフトを用いた簡易シミュレーションにより定理の示すところを把握する作業 なども今後試みてみたい。


演習における利用

コンピュータに関しては、産業連関分析などを素材にして、 ワープロと表計算ソフトの基本練習、応用分析を行うことを基本としているが、 より進んだ学生はプログラミングによる分析を行っている。たとえば、 景気動向指数を作成するためには米センサス局が開発した X11 と呼ばれる 季節調整法が必須であるが、これを FORTRAN のソースプログラムのかたち で与えて、官庁発表の景気動向指数を再現・吟味する課題を課 す。あるいは、表計算ソフトでは行列処理ができない中分類以 上の大きな産業連関表を与えて、プログラムによる分析を課題とする等。 さまざまな形式のファイルやデータに対応しうるという意味で、少なくと もデータ処理にかかわる研究者にはプログラム言語は必須であると筆者は 思うが、 しかし、プログラミングに興味を抱く学生はごくわずかで、上のような課題 に取り組む学生はさらに少なくなっている。 コンピュータの得意な学生が、かならずしも経済データの解析に強い興味を 示さず、うまく誘導できない場合もある。

なお、一応全員に Unix の ID を持たせ、電子メールの利用方法を教えている。 Emacs の基本操作を練習したこともあったが、今後は Windows 上の日本語 Mailer などの活用により、電子メールの利用者は 確実に増えるだろうと期待している。


結びにかえて

桃山学院大学では全学利用施設として計算機センタが設置されており、 教育用には 160 台弱のパソコンが LAN で結ば れ、また全パソコン教室(4室)に PC-Semi システムが準備されている。 ひとつの講義で最大 80 台ほどを同時に使用できるので、受講者 200人前後(出席率3割5分)の計量経済学でも利用が可能となっており、 さらに、学部学生の TA 制度がかなり充実しているおかげで、講義・演習を通じて 必ず数人の TA の助力がえられる。

しかし、計量経済学の講義の場合には受講者数が多く、またその大半がリテラ シー教育を経ていないために、担当者の準備が不十分な場合には、TA が あまりのしんどさに根をあげることもある。 レジュメの作成方法や、時間の割り振りなど、いまだ 試行錯誤を続けているところである。