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2007年08月31日

単位制高校

我が母校が「全日制単位制高校」に移行するというニュースが昨日報じられた。「単位制高校」とは何かを調べてみようということで、大阪府教委の 『高校整備プロジェクト報告書』 をながめてみた。門外漢だけれど、思うところのたわごとを以下に記す(身近な社会問題のひとつとして興味を持ったからである)。

報告書によると、「単位制」のメリットは生徒各々の個性や興味に応じた多様な科目編成と柔軟な履修体制、これはまさに SMAP『世界にひとつだけの花』の世界ではないか^^。しかし今回の場合、どうやら、こうした SMAP 的変身は「建前」で、関係者の「本音」は別のところにあるようだ。端的にいうと、「単位制」のほんとうのメリットは、府下全域から生徒を募集できることと、それに加えて、能力別・進度別のクラス編成ができることだろう。毎日新聞が報じているように「進学校色が強まる」ことを狙っているのは間違いない。わが母校は昭和48年度の学区変更によって、元旧制中学のなかでもおそらく最も悲惨な凋落をみた。特に、今年の学区再編成(昭和48年以前の旧学区への復帰)によって、驚くべき低迷ぶりがあらためて浮き彫りになったから、関係者の多くは「少しでも上へ」と切望していることだろう。つまり、この「本音」の改革の成功を、多くの関係者は願っているはずである。

成功のカギは、当然ながら、できるだけ優秀な生徒を府下全域から集めてくること、それから、「世界にひとつだけの花」的な建前を維持しながら、いかに効率的に能力別クラスを編成できるかということだろう。しかしこれは、素人眼からみても明らかに、一公立高校の努力のみでは不可能なこと。府教委の緻密な行動計画と全面的な支援が必要となる。前段階の準備だけでも、府下全域の中学校(進路担当者)への説得・根回し、教員スタッフの増員と多様化などが必須だろうから。しかるに、府教組は早々に労働強化に対する(抽象的な)反対声明をだしたようだし、府教委の『報告書』(上掲)を見るかぎり、「本音」の部分に関する具体的なプランは当該高校に一任されているような印象を受ける。もとより、上述の「建前」と「本音」の齟齬についてさえ、ちゃんとしたコンセンサスはあるのだろうか。そもそも、昭和48年の学区変更の目的は、受験競争の激化を緩和すること、つまり府立高校を進学校ではなくしてしまうことにあった。そんな府教委と府教組が180度まったく逆の「進学校化」計画に、果たして、組織をあげて本腰で取り組むのだろうか。

私は、おおかたの期待に反して、わが母校は、けっきょく「建前」どおりに「大阪にひとつだけの花」として SMAP 的変身を模索していくという可能性も少なくはないように思う。「単位制」への移行により生徒の自由な選択の幅は広がるが、「易きに流れる」傾向は日本中どこの大学でも観察されることである。志の高い優秀な生徒が一定数以上確保できなければ、能力別編成どころか、普通科では全員必修とされる科目の履修登録者も激減するといった可能性はないだろうか。なんだか、上掲『報告書』は、こんな可能性も見越して、あえて「本音」の部分をあいまいなままにしているのではないかという風にも思えてくる。

2007年08月28日

働くことへの尊敬

下(↓)と同じ『文春 Special』に、「働くことが尊敬される社会へ」という文章も掲載されている。『パラサイト・シングルの時代』や『希望格差社会 --負け組の絶望感が日本を引き裂く』で有名な山田昌弘教授。高校までの経歴はわからないが、Wikipedia によると、やはり東大文学部卒業、同大学院中退。
ふたたび私なりにこの文章を要約すると --- 昭和30年代に存在して現代日本に存在しないものは、「働く人への尊敬」である。本来、働くことは「他人を幸福にすること=尊敬されるべきこと」であり、「快楽のためにお金を使うことは軽蔑される」べきことである。それがいまは逆転し、働くことへの尊敬が失われつつある。これは、近代社会が成熟して商品がなかなか売れなくなったために、生産者が消費者に頭を下げねばならなくなったから。同時に、市場原理主義の浸透により、お金を使うことが、働くことよりも偉いという意識が広まったからだ。単純作業をしているフリータは自分がしている仕事へのプライドが非常に低い。自分のやりたいことは他にあると夢想しながら、生活のため、仕方なく働き続ける。しかし本来、あらゆる仕事は社会にとって不可欠であり、他人の幸福を増すために役立っている。働くことそのものが尊敬される社会に戻るための仕組み作りが必要である。 ---

今も昔も、懸命に働いて家族を養ってくれる人への尊敬の念は、誰でも持っている。でも、単純労働は単純労働であって、単純労働そのものにいったいどういうプライドが持てるのだろうか。昭和30年代には、嫌な仕事でも我慢して働かねばならないという圧迫は今より遙かに強かっただろうが、職業の貴賎は今よりずっとストレートに語られていたのではないだろうか。市場原理主義への批判も一面的な気がする。たとえば旧態の日本的労働者自主管理企業に、効率一辺倒の近視眼的経営者が乗り込んできたら・・・高給取りの正社員が解雇され、フリータの求職活動が門前払いにあうことはなくなるかもしれない。

成人の労働

梅田旭屋で、『文春 Special -- 私の仕事・私の生き方』を立ち読み。「成人の労働」というタイトルの、実に明快な若者論(仕事論)を見つけた。著者は内田樹、どこかで聞いた名前だが思い出せない。Google で検索して『下流志向 -- 学ばない子供たち、働かない若者たち』の作者だと知る。Wikipedia によると、都立日比谷高校を品行不良にて退学後、大検を経て、東大仏文科から東京都立大学大学院中退。ニートを「やる気の無い若者」「共同体の為に働くという労働エートスを獲得出来なかった若者」とする発言をしておられるそうだ。
文章の内容を私なりに要約すると ---「大人」というものは、自分の個人的努力の成果を独占しない。自分の個人的の努力は、組織を向上させ仲間の幸せにつながるのだ。「大人」たるもの、そこに仕事の意味を見いださねばならない。しかるに現代の若者は、受験競争の弊害により、努力と成果のあいだに100%の相関を求める。「やりがい」を求めて離職・転職を繰り返す若者たちの多くは、個人的努力の成果を誰ともシェアせず独占できる仕事に就こうとする。こういう「子供」には「大人の仕事」の意味はわからない。--- まぁ、さしづめ私なんぞは、50を過ぎても「大人の仕事」の意味がわからないガキなんだなぁと苦笑い^^。

でも、こういう「若者論」は、どこか、問題の基本的な原因を看過して(というか、隠してしまって)いるような気がする。フリータが大量出現したのは90年代だが、若者の気質そのものが、たかだか20年あまりで急激に変化するとは考えにくい。右肩あがりの経済成長期には、無能な人間でも分不相応の仕事にありつけた。日本経済が長期停滞期に入ってからは(あるいは、長期停滞への移行期には)、相応に有能であっても相応の仕事につけない若者が急増した。で、そういう若者は「やる気を無くした」。これが問題の基本的な枠組みではないだろうか。だとしたら、「時代が変わったのだからオマエらは我慢せねばならないのだ」と説教をたれるより、もっと建設的な解決策を探ることが必要なのでは・・・。

2007年08月26日

コンデジ

コンパクト・デジタルカメラの略称らしい(ちなみに、デジタル一眼レフは「デジイチ」というらしい)。通勤途中に粋な広告や気になる風景をついつい撮影するクセがあって、携帯電話に付属している300万画素のカメラを使ってたんだけど、どうやら最近はとうとう1000万画素を超える高解像度コンデジが出現したようで、物見遊山にひとつ買ってみた。カシオZ1200 という新機種。この種のガジェットに対する私の評価基準は「操作の容易さ」のみ、まぁいわゆる ユーザ・インタフェイス(もしくは、マン・マシン・インタフェイス)というヤツですな^^。老舗のコンデジが良いかというとそうでもないところがちょっと意外な感も・・・。そういえば、かつて(30年以上前だけど^^)、世界のナイコンは、「押しにくい・使いにくい」というユーザの声を無視して、かの「Nikon F」のシャッターボタンの位置をとうとう最後まで変更しなかった(それでもニコンは憧れの高嶺の花だった、ライカはローリングストーンという人もいるがこういうのはアホぼんの道楽^^、だいたいローリングストーンの意味が違う)。

なお、価格.comでは、カシオは非常に評判が悪い。が、価格.comでは、価格以外のことは信頼してはいけない。これも、1000万画素以上でシェア一位のカシオに対する嫌がらせ(サクラのヤラセ)ではないだろうか。私は、同価格帯の三機種(今回購入したカシオZ1200、S社の1200万画素、F社の900万画素)のサンプル画像をアスキーの評価サイトからダウンロードして、Photoshop で拡大、彩度などを調整して比較してみた。細部の緻密な描写ではカシオの優秀さは一目瞭然、隅のほうに写った地球儀の国名がくっきりと読み取れる(900万画素と比べてもこんなに違うのかと感動したが、S社のは同じ1200万画素でもかなり甘い)。「最悪画像・白黒写真」とまで揶揄されている全体の色調は、たしかに、他と比べると淡泊な感もあるが、こんなのはいくらでも調整できるのでは・・・^^。

2007年08月23日

桧山、デュプレ

「悠久の若虎」桧山進次郎、一昨日の代打満塁(追撃)ホームラン。ずっと以前から、タイガース生え抜きのなかではいちばん好きな選手(数年前に、在日コリアンであることを自ら公表したことで、なおさら好きになった)。私は、熱狂的阪神ファンであると同時に、熱狂的なアンチ巨人。阪神の優勝はもちろん、巨人がBクラスに落ちること(あわよくばボロボロに負けて最下位で終わること)、このふたつを同時に願わねばならないので、通常のプロ野球ファンよりいそがしい^^。

一昨日、One of the BEST BRITISH films of the DECADE という宣伝文句をたまたま見かけて、Hilary and Jackie という DVD を見た。英国生まれの天才チェリスト、ジャクリーヌ・デュプレの短い生涯を描いたもの。見終わった直後に、デュプレ+ロンドンフィルのエルガー・チェロ協奏曲を注文した^^。映画の邦題は「ほんとうのジャクリーヌ・デュプレ」、これで google してみると、この映画に対するいろいろな「感想文」が出てくる。トップは 辛辣な批判、二位が べたボメ。私の感想は、後者に近い。

ところで、日本と海外の DVD などの録画方式(カラー形式)の違いは、なやましいですネ。私の場合、アメリカものの DVD は無用なのでリージョン・コードの違いは気にする必要なし。でも、イギリスの PAL 方式と日米の NTSC 方式の違いは、ほんとうに悩ましい。いやパソコンで鑑賞する分には何の問題もないのだけれど、やっぱりソファに寝転がって家庭用のふつうのテレビでもみたいよねぇというときに困るのです。つい先日、決定的な解決策を見いだした!と思いこんだんだけど、やっぱりダメだった。Handbrake などのフリーソフトで、PAL DVD の中身を mp4 (H.264) ファイルに変換 → Apple TV → ふつうのテレビで見るという方法だけど、変換がいまひとつ頼りない;;まぁもちろん安直な最終手段はあるにはあるんだけど・・・(日本橋の免税店あたりで聞くと、なんだか変な日本語で「ハイな、ナンデモおっけーヨ」)。

2007年08月18日

計算方法も書いて^^

ちょっと込み入ったモデルの推計をしたい。通常の Tobit では、潜在値が負の場合に被説明変数が反応しなくなる。これを拡張して、ある特定区間の潜在値にだけ反応しないと想定するモデル。区間自体も未知数で推定対象になる。先行研究をいくつか調べてみたが、どういうプログラムで推計をしたのか、どの論文にも明記されていない^^。汎用の統計ソフトに実装されていないことは自明、プログラム作りからはじめねばならないとしても、攻略^^の手がかりにすら出会えないのはちょっと不思議、これでは from scratch ・・・こういうことについても、もうすこし詳しく書いておいてほしい。書かないのがふつう?それもひとつの「参入障壁」になるからかな。。などと思っていたら、日本人研究者のさいきんの論文に比較的に丁寧な解説を見つけた。なるほど・こんな風にやるんだ、感謝・感謝(日本はオープンソース先進国、とは言わないか^^)。

2007年08月16日

新聞購読、やんぺ

某新聞の購読料金、4月から銀行引き落としされているのに、6月分まで販売店が集金に来て、二重取りされていた。二週間前に妻が販売店に電話したところ、「こんぴゅ〜た〜の子に聞いてみますわ〜」という返事だったそうだが、しかしその後はまったく音沙汰なし。今朝ふたたび妻が販売店に電話している場面に、たまたま私も居合わせて、事の経緯を知った。「そんなことウチに言われてもね」「ここに電話をしてもらっても困る」だと。丁寧な標準語で大人しく話す妻を、あきらかに、なめてかかっている様子。傍らで聞いていてジレったくなったので、電話をとりあげて、すこし汚い大阪弁で強く言ってみたところ、「しらべてみますわ、えらいすいません」。でも、どうせあてにならない。新聞社(クレーム受付が見あたらなかったので、講読窓口)に電話して、販売店あてに「すぐに確認して返金せよ」という FAX を送信させた。それでも販売店は自ら謝罪の電話をしてこない。昼過ぎにふたたび販売店に電話して、ふたたび強い大阪弁で怒りをあらわにする。「夕方にお持ちします、すいませんでした」。こちらが下手に出ておとなしくし続けていたら、「わからん・わからん」でボケ通せるとでも思っていたのか?

なお、新聞社の窓口とのやりとりでもちょっと不可解なことがあったんだけど、担当者が言うには、新聞社と販売店は別個なので、販売店の不手際の責任は負いかねるとのこと。そんなバカなことはないだろう。では新聞を購読するのに、そちらが強制的に指定する販売店を通さない方法はあるのかと聞くと、それはありませんと言う。それみろ、販売店はそちらの管轄で、販売店の不手際はそちらの責任じゃないか。

まぁ、この後に妻と話し合って、日本語の新聞はもう講読しないことに決定。ネットとTVでじゅうぶん。

2007年08月12日

盆休み

人が休んでいる時に一所懸命やって一歩先んじる(いえ本当は、サボッたツケを取り戻すだけ^^)。よって、この一週間ほどは、毎晩、研究室で過ごす予定なのだ。とはいえ今夜は、夕刻に大学へ着くなり、阪神=横浜の中継を見て、その流れで「はだしのゲン」も見てしまった。とにかく今年は、春過ぎて一度は終わったはずのプロ野球(セ・リーグ)がここにきて目の離せない状況に・・・。それにしても、よく考えると、なんで研究室にTVコンセントがあるのか。部屋の隅に眠っていたキャプチャボードと古いPCを引っ張り出してきてまで、阪神=横浜を見ようとするバカ(私)もバカ(私)だけど、愚見では、それくらい今日のゲームは大事だったと思うな。でも例によって、今年の阪神はここ一番の寄せが甘い。テレビ大阪の中継が途中で終わっちゃったもんで、そのあとは、日刊スポーツのサイトで追っかけたりして(クボタ〜頼むで〜ホンマにもう;;)。
ところで、「はだしのゲン」を見ていて、なぜか、ずっと以前に誰かが、「よくこんなところで徹夜なんかしますネ、ボクのように霊感の乏しい人間でも、ここは、背筋にビンビン感じますよ」などと言ってたのを思い出した。校舎新築工事で事故はなかったはずだし、投身自殺などの噂も聞かないので、おそらく・・・(これ以上は書いてはいけない、コトバに表すと出てくるかもしれないから)・・・などと考え出すと背筋が寒くなってきた。水分摂取を少なくして、夜明けまでトイレは我慢しよう^^。

2007年08月08日

B.Hall から直メ

また私的なグチ?だけど、TSP 4.5 --> 5.0 for Mac へのアップデートを Fax にて注文。注文後はまったく音沙汰なし。忘れかけた頃にブツが届くというのがこの会社の昔からのパタンなんだけど、今回は、すっかり忘れてしまった後にもブツは届かず、なぜか7月末に料金だけが引き落とされていたので、そういえば注文していたんだと思い出した。どうなっているのかとメールを出してみた(というか、ちょっと憎まれ口を書いてみた ---「店じまいしたかと思ってたぞ」)。そしたら、今朝、返信が届いた ---「会社代表が不在ですが、たしかに日本へ発送しています。まだ届いていないなら教えてください」。そこですぐさま、またぞろ憎まれ口で「まだ届いていないからメールを送ったんでしょ。Dear Eiichi ってね、あんたにファーストネームで呼ばれる覚えはない」と返信を書きかけて、向こうのアドレスと署名を確認したところ・・・Prof. Bronwyn Hall@UC.Berkeley からの直メールだった^^。うん、今日はこれくらいにしといたろ^^。とりあえず、もうすこし待ってみようかな、うんうん^^。

2007年08月04日

パレート改善

新しいTVが届くと、やっぱりBSハイビジョンも地デジも見たいよね〜ということで、BS のほうはアンテナ(こちらのBS/110度CSアンテナ(\7800))をネットで購入。某大手量販店に問い合わせるとアンテナ設置料は2万円、バカらしいので自分でやってみた(ダメなら某写真部後輩の電気屋さんに電話するつもりだったが、意外に簡単、小1時間で設置完了^^)。で、地デジのほうはどうしようかな・うちのマンションは屋上の共同アンテナを新しく設置するとか言ってたけど未だ先の話だろう・地デジも自分でアンテナを買って神戸(摩耶山)のほうに向ければなんとかなりそう・でもそこまでしたらウチのベランダにはアンテナが3本になってしまう(正確には、労働者階級のシンボル=サテライト・ディッシュが2つ+地デジアンテナ1本)・・・などと思案しているところに、(家人より)衝撃的なニュースがもたらされる・・・うちのマンションは今月中に CATV を引くことに決定していたそうだ^^。も〜、そんなことは早く言ってよね。CATV が入れば、地デジ+CS+BS Hi 全部が一挙に受信可能となるのよ。我が家に既に据え付けている CS アンテナ+スカパー契約+たったいま新しく設置したアンテナも、ぜ〜んぶ、不要になるやんけ〜^^。

というわけで、最近ときどき思うんだけど(年金改革案とか聞きかじりながら^^)、こういう状況は「パレート改善」ということでやはり納得せねばならないのでせふか。「パレート改善」とは、パレートという経済学者が考えた「価値判断の基準」。なんらか特定の社会状況の変化がおきる場合に、それが社会全体にとって望ましいか望ましくないかを判断するためのシンプルな「基準」で、『他の人の効用(満足度)を引き下げることなく、ある人の効用(満足)が増加するならば、そのような変化は、社会全体にとって望ましい』というもの。CATV が導入されても我が家の状況にまったく変化はないが、マンションの他の住民には格段に便利な状況になる。他のみんなは幸せになれて、ウチも別に損するわけじゃないんだからサ、いいんじゃないの・べつに〜。でも、なんとなく納得できないんだよネ^^。
そういえばどこかで同じような話をしたときの、ある人の返答を思い出した。納得できない・私は他人との比較で自分の方が優越しているからこそ満足感を覚えるのです。いまのボクの場合は、それよりも、ここまでの努力をどないしてくれるんじゃということなんだけど・・・。

2007年08月01日

Apple TV、ジュピター

というわけで、Apple TV は使い道があまりない(YouTube と Video podcast の低解像度ムービーを見るくらい)。と思っていたが・・・10年前のイギリスの写真を全部まとめて、BGM にダイアナ妃の葬式の CD を流して、スライドショーをやってみると、すばらしく感動的なものになってしまった。さらに、Apple TV は、H.264 という高解像度・高圧縮率のビデオ規格をサポートしていて、これ向けの変換ソフトがすでにいろいろ出回っている(Mac 用フリーソフトの iSquintHandbrake、Windows/Mac 用市販ものなら Xilisoft Video Converter など)。これはいいです・使えます(前言撤回^^)。
ところで、上の Diana, the funeral service は好きなCD で、いまでもたまに聞く。エルトン・ジョンが泣きそうになりながら歌っている Candle in the wind とか(YouTube でもこちらで見える)、首相就任直後のこの一件で男をあげて女王に貸しをつくったブレアの朗読とか(最近の映画 Queen によるとそういうことらしいので)、ダイアナの兄の恨み節のスピーチなども収録されているが、なんといっても圧巻は、葬式参列者が全員で合唱する賛美歌 I vow to thee, my country(YouTube では こちら)。原曲はホルスターの組曲「惑星」のなかの「ジュピター」。はじめてイギリスの地を踏んだ直後に聞いた大合唱だったこともあり、感動に身震いした覚えがある。ちなみに、この「ジュピター」は平原綾香のヒット曲 Jupiter の原曲でもある(が、平原の歌を最初に聴いたとき、崇高な歌がこんなんになってしもて・・・と思ったのは私だけではないはず^^)。