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2008年09月20日

積ん聴コレクション

積ん聴・未聴 CD のコレクションは、ブルックナーとマーラーを一通り集め終えて、ワーグナーへ(順序が逆か)。バイロイト名演集(33枚のCDセット、死ぬまで聞かんかったりして^^)、「ニーベルングの指環」全曲(7枚のDVDセット、死ぬまで見なかったり^^)を注文。
とりあえず、後期の作品からぼちぼち鑑賞をはじめよう^^。人生終わりに近づくほど、作品は円熟味を増し、より深遠なものになる(と、一般には、言えるはず)。Swan song といえば、ベートーヴェンなら「第九」、マーラーもブルックナーも交響曲第9番。ワーグナーなら「パルジファル」だろうか。最後まで闘い抜いて、若者の荒ぶる魂に未来への光を見いだそうとしたベートーヴェンは別格。最初から俗世の闘いとは別の地平にいて、ひたすら天国の至福を信じ抜いたブルックナーも別格。だけど、マーラーやワーグナーは、もがき苦しみ闘い抜いたあげくに、最後は、やはり神に帰依した(らしい)。よって、いまのところ、ボク的には、ベートーヴェンにはあんまり興味なし、ブルックナーは初期のものから全曲(とくに後期)が好き^^。そして、マーラーに関しては、消え入るように終わる第9番が一番よい。

2008年09月17日

レモンライスの虚

↓のつづき。「夏爐のレモンライス」が市大生協のレストランに復活したというので、食べに行った(学情センタへ寄ったついでに)。

なるほど、「懐かしの夏爐のレモンライス」というメニューがあるので注文してみた。見た目はどことなく似ている。が・・・味は似て非なるもの、あまりにヒドかったので三口だけ食べて、あとは全部残した。あれは何だ?胡椒が山ほど入って辛いのなんの。あんなものはレモンライスどころか、普通のチャーハンとしても売れるようなものではない。ひどい、ひどすぎる。30年も続いた伝統の味が、みようみまねのド素人料理に・・・。あれを「夏爐のレモンライス」と呼ばれたんじゃ、本家本元はたまったもんじゃないよね。でもまぁ、このようにして、古き佳きものは消えていくのだね(涙)。世の中、やっぱり、ブタが勝つということか^^。

2008年09月14日

夏爐のブタ勝ツ弁当

↓のタイトル、「算数二題」から「数学二題」にかえました(さいきんは冗談の通じない人が多いから・・・^^)。

ところで、昨日、大阪市大学情センタ(杉本町)に出かけた。帰りに、数年ぶりに我孫子方面への道を歩いたところ、景色が変わっていることに気づいた。「夏爐(かろ)」という、老舗の喫茶店がなくなっていた。帰宅して妻に話したら、なぜか彼女も知っていて、かなり以前にテレビ番組でもやっていたそうだ。ネット検索してみると、「夏爐がなくなる(なくなった)」という記事がいくつも出てきた。知らなかったのはボクだけか。。

「憩務所・夏爐のレモンライス」に、店とメニューの写真。
「想い出のレモンライス」 は、長年この店に関わった人の惜別の記。
「レモンライスのレシピ」, 「レモンライス再現実験、市大生協にてレモンライス復活」ほか

すべてのサイトが回顧しているように、ここの名物は「レモンライス」(椎茸入りのヤキメシ)だった。しかしこれ以外に、実は、隠れた「名品」があった。豚カツ弁当。この店のメニューには、「ブタ勝つ(ソクラテスの負け)弁当」と記されていたもの。このネーミングは、明らかに、大河内一夫教授(社会政策論)が語ったとされる言葉、「太った豚になるより痩せたソクラテスになれ」をもじったもの(知泉 Wiki によると、大河内は実際には語らず、また、オリジナルは J.S.Mill )。
この弁当の名付けを思い出すと、今でもいろいろと想像できて楽しい。まずなにより、「そんなこと言ったって結局ブタが勝つんだよ」という素朴なメッセージが実によく伝わってくるけれど^^、長いあいだ学生たちを見守り続けてきた店の親心(「ブタでもいいじゃないの」)や、「結局ブタには勝てなかったんだよ」「気がつきゃオイラもブタになっちまってた」という嘆き節も聞こえてきそうな。。

敬愛する S 先生は常時ここを利用しておられた。5,6年前に最後にこの店に入った時の会話・・・「たしか以前においでになりましたよね」「えぇ、S 先生とたまに来てました」「あぁ S 先生といえば、お弟子さんがご立派になられたそうで」・・・(ボクのあとに某国立大から来られたお弟子さんのことだろう^^)。

以下はまた蛇足ながら、「アート」や「イーグレット」は、(経営者=店の人もそのままで)健在のようだ。このあたりは、某建築学専攻の先輩とよく入った(私はもちろん経済学専攻だが、コンピュータつながりで親しくなった)。この先輩がとってきた仕事を手伝わせてもらっていた時期がある(80年代後半のバブルの頃にさかんだった地方博覧会、天王寺博や花博の待ち行列シミュレーションなど)。シミュレーションは当時関西では最速の京大センターで行い(一回ジョブを submit して数万円の課金^^)、計算結果を持ち帰って、会場全図と各パビリオンや道路の混雑度の時間的変化を、640 x 400 ドットの PC の画面に表示する。快適に(実用速度で)再現表示するために VRAM メモリを直接に操作するコードとか、大型計算機用 8インチ^^フロッピーディスクを MS-DOS から読むプログラムを書いていた。おたがいにオーバードクターだったので、当時、不遇の助手が怨恨から教授を殺害した事件(広島大学教授殺人事件)が起きた時には、「気持ちはわかるような・・・」と話しあっていた^^。

2008年09月12日

数学二題

ドクター論文の指導小委員会で気になったこと二点への解答(回答ではありません^^)をメモしておきます。出張中にフト思い出したんだけど、次の小委員会まで会う機会がないようだし(次の小委員会にボクが呼ばれるかどうかもわからんし^^)、1ヶ月も経つとそろそろ忘れてしまいそうだから。

(1)
某君の研究報告から。
銀行の貸出行動が企業倒産に与える影響を調べる回帰分析です。
y を企業倒産件数、x を銀行貸出総額、e を誤差、a と b を回帰係数として、
y(i) = a(i) + b(i)*x(i) + e(i) for i=1,2,...,N
ただし、(i) は i 番目の産業をあらわします(産業はN個あります)。
しかし、産業ごとの倒産件数 y(i) のデータが利用できないのです。全産業の合計倒産件数 Σy(i) と産業ごとの貸出総額 x(i) は公表されています。そこで・・・上の式を産業1からNまですべて、辺々、足し合わせます。
Σy(i) = Σa(i) + Σ b(i)*x(i) + Σe(i) = A + Σ b(i)*x(i) + u
これを推計して、産業ごとの回帰係数 b(i) の推定値を得ようとしています。

こんなことはできません(元の b(i) の値は得られません)。できる場合もありますが、各 x(i) が相互に独立となることが十分条件。たとえば N=2 として、簡単に確認(証明)できます。もちろん、この分析例では、この条件は満たされません。

(2)
どういう分析だったか、具体的な内容を既に忘れてしまっていますが、クロス集計表(のようなもの)からの因果関係の考察です。出張中に読んでいた本のなかに、たまたま、一般的な解答になりそうな記述を見つけたので、メモしておきます。
P(x|y) を、y が起きた時に x が起きる確率とします。
P(x|~y) を、y が起きなかった時に x が起きる確率とします。
P(x|y) > P(x|~y) ならば、y から x への因果が存在するといえるでしょうか。

言えません。
P(x|y) > P(x|~y) は P(y|x) > P(y|~x) と同値だからです。ベイズの定理を用いて、こちらも簡単に確認できます。

ps. またまた蛇足ながら、地方の三流シンクタンクあたりでは、こんな操作を平気でやりそうな気がします(うちの院生のほうがしっかりしてるかもね〜^^)。

ラストゲーム

東京で、映画をひとつ見た(旧友との待ち合わせまでの時間つぶしに、あ、公務出張中ではないですよ^^)。学会会場が慶応大学ということもあって、「ラストゲーム(最後の早慶戦)」。太平洋戦争末期、学徒動員の直前に、戦地に赴く学生たちへの餞にと小泉信三(慶応塾長)が企画、飛田穂洲(早大野球部顧問)が当局の反対を押し切って決行した「最後の早慶戦」の物語。石坂浩二が演じる小泉信三は、知的でおだやかな感じ、とても良かった。小泉信三といえば「海軍主計大尉小泉信吉」(他にも名著はあるのだろうが、これしか読んだことがない^^。戦死されたご子息を追憶する記、ただただ泣けます)。映画のなかでときどき関西弁が話されていたので、調べてみると(というか、Wikipediaからすぐに^^)、意外にも、両校主力メンバーは関西出身だったことがわかる。早稲田の四番・笠原(大阪・市岡中学)、投手・岡本(大阪・扇町商業)、慶応の四番・別当(兵庫・甲陽中学)、投手・大島(岐阜商業、故障で登板せず)。高校野球選手権歴代優勝校を見ても、西高東低はあきらか(なぜだろう、高校野球の檜舞台は甲子園だから、東日本の子供は野球にあまり興味がなかった?)。とまれ、最後のエール交換の場面では、「若き血」(応援歌)ではなく、「塾歌」(校歌)を流してほしかった(早大側は「紺碧の空」ではなく「都の西北」なんだから)。塾歌が流れれば、観客の嗚咽の回数も数倍は増えたはず^^。前にも書いたが、この塾歌は、古今東西、最高の校歌だと思う。おおらかにして荘厳な旋律。大仰で単純なスローガンはひとつもなく、知的に静かに燃える感じ。本家本元の正式版 はこちら。

2008年09月10日

無礼な老人

新横浜のホテルも今日が最後。早朝にホテル近辺を散歩していたら、すれちがった年配の人に道をたずねられた。無言でワタシの目をにらみつけながら近づいてきて、いきなり「○○町に行きたいんだけど」ときくので、「あぁわからないです」と答えた。ところが、すれちがった後に、「その対応はなんだ」と大声で呼び止められた。で、ワタシ、その一瞬に、キレてしまった^^。「わからんと言うとるやろがい」と喉もさけんばかりに大声で叫び、その老人に詰め寄った。すると急に小さな声になって「ちゃんとたずねているのに・・・」と言うので、「ワタシ、旅行人なので、この近辺のことはわからんのですよ。それはともかく、あんた、丁寧に対応してほしいのなら、あんたこそ、ちゃんと頭を下げて丁寧な言葉遣いをしなさいよ」と説教してやった^^。
朝っぱらからムカついたので、無意味なこじつけで気晴らしを試みる(というか、ここ数年、毎日ムカついて、こうやって気晴らししてるんだけど^^)。さいきん、良識の無い年寄りが増えた。なぜだろう。ひと昔前の年寄りはみんな苦労してこられた世代だけれど、団塊世代の少し上の世代(団塊世代はまだ老人ではない)のなかには、「右肩上がり」の日本の経済成長の恩恵にあずかって、ヌクヌクとボケーっと人生を過ごしてきた人の比率が増えたからではないか(そんな人に限って、きっと、「いまどきの若者はなっとらん、ちゃんと働け」と言うんだろう^^)。大学人(経済学)の世界でも、この年代には尊敬できる人が少ない。なぜかというに、彼らは、フロンティアを開拓して日本の経済学の礎を築いた著名教授たちの「全盛期」の弟子たちだから。フロンティアを開拓した著名教授はほんとうに偉い先生だけれど、偉い先生といえども、「全盛期」ともなると学問的能力は衰え、そのかわりに行政手腕と人的コネクションが「全盛」となる。というわけで、デキる弟子より「可愛い弟子」が、配下の植民地大学に送り込まれた。私の知る最も滑稽な事例は、世界経済論を専攻していた男が、20代なかばにして、関西の某一流私大に「○○数学」担当の助教授として赴任した一件・・・って、これも気晴らしのこじつけですから(一般化はいけませんね、世代論は無意味、これはいつも私自身が言ってること^^)。

2008年09月03日

消えいく名曲喫茶

公務出張(市ヶ谷の私情協大会)のさなかに、ちょっとだけ抜け出して、街を散策。今日は個人の研究発表ばかりだし、朝から昼過ぎまでいろんなのを聞いたのでもう十分でしょう(ホントに久々の私情協大会だけど、まさに十年一日のよう・・・^^)。

まず、市ヶ谷の私学会館から500mの靖国神社(遊就館)へ。そのあと、高田馬場のムトー(CD屋)で、アイヒホルンのブル9を見つけて購入(未完の第四楽章が補完されている盤、オンラインでは見つからなかった分)。西早稲田→中野と、中古CD屋をはしご(もう病気やね^^)しようと思ったら、早稲田の店は既につぶれていて、中野の店はまったく様変わりしていた(クラシックのコーナーがアニメCDに^^)。おまけに、かの名曲喫茶「クラシック」がなくなっていた。この店にまつわる想い出はふたつ。ひとつは、いつも紅茶を頼むと、きれいなおねえさんが、厨房に向かって「ティー」と声をかけていたこと(独特の声とイントネーションで)。もうひとつは、たまに、場違いな3〜4人連れのアホ面(男)たちがいて、ひそひそ声で話をしていたこと。名曲喫茶での雑談は、講義中の私語のようなもので、まわりには迷惑このうえないのだが、アホどもは何を話していたのかというと、要するに、周りにはっきりと聞こえるように、自分たちがT大生であることをアピールしていただけなのだった。
このあと神保町へ。神田や御茶ノ水もずいぶんひさしぶり。今回は、秋葉へは行かない(ときどき寄ってるし^^)。そうそう、秋葉(あきば)といえば、30年前にはたしか「葉原(ばはら)」と呼んでた記憶があるんだけどな。

なお、今年の大会のメイン・テーマ(「学士力」)のほうは、昨日のメインイベントで、文科省の担当者が講演したんだけど、公開済み資料以上の情報は無し。主催者側からの情報で、日本学術会議が、今後一年以内を目処に、「いくつかの学問分野」について、具体的な「到達目標」と「コア・カリキュラム」を提示する予定らしい(まったくの当て推量だけど、OECD の PISA 大学版の当面の対象は経済学と工学だそうで、すでに ERE 経済学検定の実績もあるので、経済学分野が選ばれる可能性は高いように思う)。これと並行して、私情協のほうでも、各学系別に、独自の到達目標とコア・カリキュラムをまとめる予定とのこと。

05/Sep 追記)
明日からまた東京へ行くので、忘れないうちに、覚えていることや、なんとなく気になること等をメモしておこう^^。
1. どこかの先生が、「学士力とやらを実現すればどんなことが期待できるのか、たとえば就職実績があがるという保証はあるのか」と発言(思わず頷く^^)。
2. 経産省の「社会人基礎力」と文科省の「学士力」は、どう違うのか。
3. 「出口管理」をしっかりさせようということならば、たとえば留年率の高さについては、もうそんなにとやかくは言わないということだろうか。留年率以外にも、卒業必要単位数とか、半期にかならず14コマやれとか、こうした縛りはそのままなのだろうか。。

出張の連続につき、いただいたメールにまともに返信できてませんが、ご容赦ください。