2005年1月アーカイブ

彼我の Neet, Freeter

Neet generation (Guardian)

↓の「そのとき歴史が動いた・真珠湾」もそうなんだけど、どうも、事実の安直な誤解が気になる。たとえば "(In Japan) until 1997 or 1998 there were no neets, but in the last few years many young people have become too wealthy to have to work - there is no need, no urgency. It is a rich country's problem." で、最後まで読んでも、日英のフリータにどういう違いがあるのかよくわからない。私には、結局、どちらの場合も、国内経済状況の悪化が原因としか思えない。

ロンドン

ロンドンへ出て、土曜の夜のピカデリーサーカス裏通り(通称「日本通り」?)から SOHO を歩いた^^。日本人の若者がいっぱい。やはり一目でわかる、(私とちがって)どことなく品のいい身なり、(私とちがって)育ちの良さそうな顔立ち、でも大学生風ではない。(そんなに頻繁にではないけれど)ロンドンに来るとここへ、で、ここへ来ると二つのことを思う。ひとつは、10年後・20年後にここの様子がどうなっているかなぁということ。ふたつは、ここにいる日本の若い人たちがどんな暮らしをしていて、どんな目的や夢をもっているのかなぁということ。 真夜中に帰宅してから おもしろいページ を見つけた(この珠玉?エッセイ集のなかでも、満員・だ・ぎゃあ は出色 -- gap は「段差」ではないぞ^^;)。なんとも表現しがたいが、私らの想像をちょっとこえている世界。「昭和の高度経済成長期のようなバス・キッチン・トイレのシェアが苦痛でたまらなかったのに、いつしか快感になり、病み付きになってしまったっす」。過去のことだと思ってる・・・;;

新年

さびしい我が家にたくさん来てくださいました。ありがとう;;

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その時歴史が動いた

DAYS THAT SHOOK THE WORLD という BBC のドキュメンタリー番組がありまして、今日は Pearl Harbor だったのでビデオもセットして見ました。でも・・・ 「Bushido の正統な継承者であるところの日本軍兵士」が腕に刺青をしていたので^^; 途中で寝ちゃった。

Britannica 2005 その後

1ヶ月前に購入したBritannica2005、「動かないよ」というメールをいちおう送っておいたところ、年末に返事が来て「システムの設定ファイルの一部を添付して送ってくれ」というので、これは殊勝なこともあるもんだと、指示どおりに送り返した(実は、すでに原因わかってたんだけど)。そしたら、今日また返事が来ていて、「やっぱりわからない(^^;)・が、この苦情がいま一番多い(^^;)ので懸命にやっているところだ・そこで今度はこれこれの作業をしてできるあれそれのファイルを添付して送ってくれないか(^^;)」。これはもう無視しよう。あの後すぐにわかった原因も教えてあげない(最初に返信したときに「日本語の2バイト文字が入ってるから注意してね」とヒントはあげた)。原因は単純なことで、Windows のユーザ名に日本語文字が入るとダメなんだ(マクミランの英英辞典なんかもハングアップ -- こちらは一部機能が使えなくなるだけ)。たぶん中国語 Windows なんかでユーザ名を中国語にしていたりするとやっぱりダメなのかもしれませんね。

しかし、ちょっと調べてみると、Windows を日本語ユーザ名で使うと他にもいろいろ問題を生じるらしい。CygWin, Meadow でトラブルをはじめ、いろいろ。でもこの質問あたりをちらりと見ると、これは Java の問題なのかもしれませんね。

トンチー大阪分校

上海の大学、大阪に分校(大阪市が招致)

『同大の得意とする都市工学や交通工学、環境工学など主に理系分野を教える』?

って、そもそも、この分野は、江沢民が上海市長だった頃に大阪大学笹田研究室が向こうに教えてあげたものではなかったのか。いまでも日本からの技術移転を続けていると聞いた(渡英前に大阪で笹田研究室の助教授の講演を聴いたが、たしかにそのように言っておられたし、実際に現在も中国のあちこちで請負っている都市デザインの実例を紹介しておられた)ので、これにことさら感動した私は、あちらでもこちらでも、上海の街をデザインしたのは実は日本人だと話してきましたが・・・^^;

ともあれ、他国の大学がその国のコトバや文化を日本人に伝えるというのではなく、たとえこのような応用工学の末端分野であっても、日本に分校をつくって普遍的な科学技術に関する講義を行う(つまり日本の若者に科学技術を授ける)というのは、ふつうの日本人の感覚では、相手国がどこであれ、あんまり気持ちのいいものではない。もしほんとうに上海のレベルが阪大を超えてしまっているのなら、阪大が上海の研究者を招致すればよい。そうでないなら、こんなええかげんな言い方をええかげんに報道するのはもうええかげんにやめるべき。たぶん後者だと思う。

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