Nighty Night, イル・マーレ

DVD がボクの研究者生命を終わらせる(ウソです^^)。でもここのところ、さすがに、英国ものにちょっと飽きてきて(といっても未だごく一部しか知らないはずだけど)、たとえば、モンティー・パイソンの映画は、子供たちが踊りながら sperm, sperm と歌い続ける場面で見るのがいやになったし、「トレイン・スポッティング」は、出だしはなんだかサッチャー批判のようで面白そうだとは思うんだけど、トイレの便器に大事なものを落とした主人公が手で糞尿をかきわける場面が冒頭に出てきて、あそこで見る気が失せてしまった。今日見ようとした Nighty Night も、こんなにドギツイ虐めシーンをテレビで流していいのかと思うような、後味の悪い第一話、第二話。隣家に越してきた医者夫妻に眼をつけたゴロツキ女が、旦那を寝取るために、病弱な奥さんをいじめてだましまくる。新しいご近所となんとか仲良くせねばということで、人の好い奥さんが、けなげに努力する姿があまりに痛々しくて、途中で見るのをやめた。ちょっと度を越してないかい、という感じ。

で、口直しに?、美しい「イル・マーレ」を見た(原作の韓国版ではなく、キアヌ・リーブス+サンドラ・ブロックのもの、西洋かぶれだから^^)。2006年の世界に生きる女と、2004年の世界に生きる男が、ある郵便ポストを通じて、手紙のやりとりをはじめる。女が生きる世界は、男が生きる世界の2年後の世界。両方の世界は平行して時を刻んでいて、かつ、ちゃんと?つながっている。男が2年前の世界で幼木を植えると、女が生きる2年後の世界に見事な成木が突然あらわれる。2006年2月14日に男は交通事故で死ぬはずだったが、女が2年後の2008年2月14日から警告を発したおかげで、男は死なずにすむ。で、結末は、この2008年のバレンタインデーに男と女は出会いハッピーエンドなんだけど・・・。見おわって、まず紙切れに直線を書いて、全体の整合性をおさらい^^。一見、最初からちゃんと整合的に構成されているようにみえるんだけど、やはり素朴な疑問が・・・^^(結末で男と女が出会ったのは女が生きる世界か男が生きる世界か、かの郵便ポストに投函されたものはなんでも2年後・2年前へ飛んでしまうのかといった些細な疑問は省略)。実は、男は2006年のバレンタイン・デーに交通事故で既に死んでいた。しかし2年後の世界に生きる女が、2008年のバレンタイン・デーにそれを知り、2年前の男に警告を送ったために、男は死なずに済んだ。つまり、(A1:2006)男が死ぬ -> (A2:2008)女が気づいて警告 -> (B1:2006)男は死なない -> (B2:2008)男と女は出会える。A1->A2 はひとつの時間経路、B1->B2 は別個のもうひとつの経路。なのに、B1 のシーンで男は A2 の女の警告を参照する、で A2 は A1 がないと出てこない・・・と書きかけて、私の頭では疑問を整理するのが煩わしくなってきた。ので、やんぺ。

このブログ記事について

このページは、eiichiが2007年2月11日 02:18に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「政策の優先順位」です。

次のブログ記事は「Fortran から R」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.13-ja