high school reunion

先々週金曜日に小さな同窓会パーティに参加。先週金曜日は、やはり同窓のおっさん2人と再び深酒。19:00くらいから飲み始めて、最後に覚えているのは 6,7軒目くらい?で急に気分がわるくなりテーブルにうつぶせたところまで。次に気がついたのは、自宅のソファの上^^)。ボクは単なる「引き籠もり」予備軍だったんだけど、あとの2人はやりたい放題に高校生活を謳歌した人たち。その後の経歴もはんぱじゃない。30年以上経ても、彼らのカッコ良さにはやっぱり追いつけないなぁ。。あぁおまへはなにをしてきたのだと吹き来る風が私に云ふ、なんちゃって^^。

進学期の子供さんを持つ人が多くいて、母校の凋落ぶりが話題になる。うちは no kids だし、高校のランキングなど気にしたこともなかったが、すこし調べてみた^^。原因は明らかで、昭和48年の大阪府公立高校学区再編成。このときに、府下5学区がいっきょに9学区に細分化された。子供の学力分布に地域差はないだろうから、各高校の偏差値は、学区の広さ(16歳人口)と、学区内ライバル校の数に依存するはず。たとえば、48年の学区再編成により、かつて「御三家」と呼ばれた上位校(北野・大手前・天王寺)から分離された茨木・四条畷・高津などが偏差値を上げたのに対して、学区が半減した上に大手前と同学区にとどまった市岡は偏差値を下げた。この学区は48年のスタート時点からもっとも小さい学区のひとつだったが、人口の郊外への流出が偏差値低下にさらに拍車をかけたのだろう(大手前ですら偏差値を下げた)。大阪では、2007年度に昭和48年以来の大きな学区再編成が行われ、現行の9学区が、ふたたび4学区に統合されるらしい。新学区内の高校ランクはほぼ現在の偏差値順になるだろう。おもしろいのは、新第二学区。昭和48年以前の旧々第二学区に復帰するわけだが、まず、ふたたび同一学区に入る大手前と四条畷。現在の偏差値は四条畷が上だが、親の世代(我々の世代)の感覚からすると、大手前ブランドが復活する可能性が高いと思う。しかし、この二校以外の旧々第二学区の伝統校はすべて、新設校の下にランクされることになるだろう。とくに、昭和48年以前には四条畷と同位だった市岡(つまり、Y先生や石川優子と比べてM先生や私は勉強がおろそかだったというわけでは決してない、と言いたいだけなんだけど^^)は、この新第二学区では中位以下の位置まで落ち込むはず^^。---- と、つまらなくなってきたので、このあたりでやめます(しょうもない話でした、すみません^^)。

と思ったんだけど、蛇足を・・・^^。経済的含意。まず、大手前や市岡といった伝統校が偏差値低下のなかで行ってきた数々の教育改革努力。偏差値低下は学区再編成による不可避のものだったのだから、努力の大半は報われなかったはず。学区編成に恵まれて偏差値を自動的に上げた高校に比べると、これはあきらかに超過労働。こうした改革努力を享受できる子供が学区内に限定されていたこともあわせて、教育資源の浪費ともいえそう。大阪府学校教育審議会答申(平成17年)によると、この48年の学区改革の目的は、「高等学校間の格差を是正し、中学校における受験準備のための過度の学習負担を軽減して正常な学習活動をもたらすこと」にあった。つまり公立高校は自ら破滅の道を選択したわけだが、しかしこの改革は、府立名門校を消滅させたかわりに私立高校の台頭を促した。つまり、中学校における「正常な学習活動」をもたらすどころか受験競争を激化させ、同時に、親の経済的負担を増加させたと言えるように思う。

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このページは、eiichiが2007年4月 3日 22:17に書いたブログ記事です。

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