ひょんなことから、生まれ育った大阪・野田阪神あたりの昔のことをすこし調べてみようと思い立ち、帰りに大阪市立中央図書館へ立ち寄る。面白いものを見つけて、閉館時刻まで(といっても1時間ほどだけど)没頭してしまった^^。 『大阪春秋』第80号(中島陽二「社会運動の中心地」)。かいつまんで整理すると、明治後半から大正、昭和初期まで、野田阪神は勃興する大阪経済の「ハブ」の機能を果たしていたらしい。福島・野田近辺はもとより、此花区や港区・大正区にも巨大工場地が出現し、「毎日、北から東から西からの労働者を野田阪神を経由して工場に送り込む」ための交通網が整備された。さらに、非常に興味深く思ったのは、戦前の野田阪神が、大阪の社会運動の中心地だったこと。野田阪神を中心にして、労働組合や農民組合などの本部が集中し、さらに「大阪労働学校」が存在した。講師はなんとそうそうたる顔ぶれで、大内兵衛、櫛田民蔵、森戸辰男、清瀬一郎などなど(いや各人の詳しい学説などは知りませんが)。なかでも森戸辰男はこの労働学校の運営に非常に熱心だったようで、「昭和九年、森戸辰男夫人より校舎改築基金として一万円の寄付があり同所に洋式の木造二階建・七〇坪の立派な校舎が実現する。一階には大衆診療所も併設される」とある。で、この校舎の地図上の位置を見て、腰をぬかすほど^^おどろいた。この「診療所」は、私も中学までお世話になり、祖母を最後まで看取ってくださった、丸めがねの老先生がやっていた、あの診療所にちがいない!(と思いこんだ^^、地図上の位置はまさにぴったり)。あの先生の名前はわかるだろうか・あの後どうされたんだろうかと、労働学校史などを調べようとしたが、今日のところはなにも手がかりはなし。 いやぁ、自分の生まれた町の歴史をひもとくのも、たまにはいいもんですね。。
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