2007年9月アーカイブ

パネル分析(Stata, R)

ここしばらく、DPD(Dynamic Panel Data)の分析を試行中^^。あわせて、いくつかの統計ソフトの使い勝手を比較秤量。というか、このあたりの新しい推計手法をそのまま実装しているのは Stata だけなので、必然的に、R でデータ加工 → Stata で推計 → 計算結果を R で再加工してグラフ数表などを作成、という作業工程に^^(ヒマでもう少し若い頃なら R パッケージの自作にチャレンジしたかもしれんけど)。

推計作業の前後に R を使うのは、Stata のプログラミング機能や内部コマンドをよく知らないから(ただそれだけの理由)。こんなのは、良質のガイドブックがあれば一週間ほどでマスターできるはずだけど、その一週間が面倒なのと、どうも Stata に関しては良質の解説本が見つけられない。マニュアル原本とにらめっこ、ぼやきながら時間をかけて、必要なコマンドを見つけていく^^。たとえば、変数のラグをとる「演算子」は L 。L(1/3).GDP とやると、GDP(t-1), GDP(t-2), GDP(t-3) の意。あるいは、すべてのコマンドのオプションに if を用いることができて、if abs(something)>2 などとやって異常値除去、if Year>1990 などで標本期間変更。どうせ解説本を出版するなら、こういうことをまず最初にまとめて書いておいてほしい。どうも、日本語の解説本はこういうところの配慮が足りないように思う(*)。

なお、先月購入したばかりの TSP の新バージョン。昔から愛着のあるソフトだし、パネル分析コマンドを大幅に改善という宣伝?だったので期待してたんだけど、やっぱり力不足かも(B.Hall と C.Cummins の共同作業だけでは限界があるのかも?)。それから R については、そもそも経済学の人間は一般に R を使わないというのが、やはり致命的。本音を率直に言えば、こんなことはハナからわかってるんだから、R で計量経済分析をやるなんて、やっぱりありえないんだ^^。学部の講義で R を使う理由は、プログラムがとっつきやすくて簡単、即席でプログラミングの面白さに飛び込めそう、あわせて、フリーウェアだから、などなど。大学院の講義用には、そろそろ Stata も入れておくべきなのかもしれませんね(たぶんアカンと思うけど、いちおう情報センタにお願いしてみましょう^^)。

そうそう、前にも書いたけど、イギリスでは、スコットランドでもロンドンでも、みんな、Stata を「すていた」と発音してました。

追記 Sep/25) (*) もうすこし率直にいうと、経験に乏しい人の解説は有害でさえある。たとえば、ラグ演算を、まったく別個の処理(ひとつ前の観測値を指す [_n-1] )で済ませてしまっている日本語の解説書がある。パネルデータの場合に、ラグ演算子でなく _n-1 を用いると破滅的なことになりかねないけれど、これ、ほんとにわかってないのかな?

31歳の頃

丸山真男をひっぱたきたい・希望は戦争

31歳「フリータ」の社会批判。31歳にしてこれほどの文章を書ける有能な人が、月収10万円の「パラサイトシングル」生活に甘んじている。これだから、「いまどきの若者論」は納得できない。たとえば社保庁の高給取りの中に、これと同等の文章を書ける者はいるだろうか。右肩あがりの経済成長期には、無能な人間でも分不相応の仕事にありつけた。日本経済が長期停滞期に入ってからは(あるいは、長期停滞への移行期には)、相応に有能であっても相応の仕事につけない若者が急増した。やはり、これが「フリータ」問題の核心ではないだろうか(拙稿562番563番)。

彼が「希望は戦争」とする理由は、要するに、なにもかもをご破算にできるから。東大解体・講座制解体を唱えた丸山真男を引用するのはオカド違いのようにも思うけれど、この気持ち自体はわかる(ような気もする)。31歳の頃には、私も、学会があるたびに、学会会場に飛行機が落ちればいいと思っていたっけ^^。それがいまや、ひょっとすると、「無能な高給取り」の一人?そういえば、ちょうど当時、広島大学の万年助手が教授を殺害する事件が起きて、旧帝大講座制の閉鎖的な体質が話題になっていたっけ。(unberufen: 大言したあとで神罰などを恐れるさま、リーダーズ英和)。

ゲスト講師

秋学期「経済情報処理論」のゲスト講師を依頼していた方から、履歴・業績書が届く。職務上、審査にあげる前にざっと拝見。専門のイメージセンサを中心に技術畑一筋、筋金入りの経歴。プロジェクトX じゃないけれど、CCDイメージセンサは、かつての VHS に匹敵する世界シェア(80%以上)を占有している日本企業の「お家芸」。半導体技術の歴史や現状、最先端の動向、日本の強み・弱みなどなど、おもしろい講義をしてくださるはず。「経済情報処理論」は、経済学部生への情報処理入門講義。前半は、PC のハード、ソフト、ネットワークを広く浅く、後半は経済学への応用を取り上げる予定。とっかかりのハードの部分をどうするかが、いちばんの悩みの種だったんだけれど、彼にゲストで講演してもらう日をハードウェアのパートの最終日(ターゲット)に設定して、組み立ててみよう^^。 なお、私自身もよくわかってなかったんだけれど、(一般論として)既に一線を退いた年配の方ならともかく、企業の最先端でしのぎを削っている人たちには、大学への出張講演などをしても、実利はない。理系なら産学協同という名目もたつのだろうが、文系ではそうしたメリットもないから、会社も彼らを出したがらない(謝礼等も講演者本人には渡らないことが多い)。無理をおして来てくださることに、感謝したい。

BN, 夏の終わり

Bayesian Network の略。学会(於・神戸大学)のチュートリアルセッションで耳学問。Structure やら Causal やらという単語が頻発したので、途中まで一所懸命に耳をかたむけてみた。最後の応用例の紹介のところで、どうやら使えそうにないことを悟り、そのまま退席^^。突風のなかをトボトボと、かの長い坂道を降りて帰る。

神戸大学といえば、桃大出身の I 君が、後期博士課程に在籍中。金融の理論と実証を猛烈に勉強中、8月末にコンフェランス・デビューも果たしたらしい(米語風に「カンフェランス」と書いていたので、ひょっとして英語で発表したのかな^^)。この夏も、彼には、秋学期講義のリハーサルにつきあってもらう予定。といっても、もう夏も終わり、気ばかり焦る今日この頃・・・

そうそう、この I 君にも登場をお願いしてるんだけど、OB 紹介の Web サイトは、公開が冬にずれ込みます。著作権の関係で、写真や文章を作り直さねばならなくなったのです。

BT junkie

仕事が一向にはかどらず、気を紛らわそうと、昨晩から今朝にかけて、前から見たかった映画を鑑賞。Notes on a Scandalあるスキャンダルの覚え書き)。 突然思い出して見たくなったので、後学のために、BT でダウンロードしてみた。BT は Bittorrent の意。ファイル転送プロトコルの一。基本的に P2P でコネクトしてファイルをやりとりするが、ダウンロードしながら、同時に、自分がダウンロードした部分を、同じファイルを欲しがっている他の人に向けて転送する。ネット上で多くのコンピュータがこんな風に「協力」しあうことで、大容量ファイルの高速ダウンロードが可能になる。周知のように、これを通じて映画ファイルなどがやりとりされるので、ネットワークの帯域が占有されてしまうことや、著作権がらみの問題などが浮上。

北米では ISP が「帯域制御」(Bittorrent 通信を監視して強制的に止めてしまう)に乗り出したが、多くのユーザは暗号化によってこの監視をくぐりぬけることに成功(「帯域制御」回避)。しかし、この暗号化による抜け道も通用しなくなる監視手法が開発され(『「帯域制御」回避』回避、Throttling All Encrypted Transfers^^)・・・と、戦いはまだまだ続くそうだ。 著作権に関しては、いまのところ、たとえダウンロード対象のファイルが違法な複製物だったとしても、日本の著作権法の下では、ダウンロードして個人で愉しむ分には違法性は生じない。そこで安部内閣が、ダウンロードの違法性も盛り込んだ著作権法の改革を急いでいる、という理解でよかったのでしたっけ。

なお、拙宅の環境では・・・700 MB くらいに圧縮された avi ファイルをダウンロードするのに1時間以上→mp4ファイルへの変換に45分弱→Apple TV に転送。まぁこれだけの手間をかけて、解像度の低い荒い動画を見るよりは、私はやはり DVD を借りるか買うかのいずれかにするわ^^。

大学教育の収益率

↓のような公立の衰退と私立の台頭は、東京でも(大阪より早い時期から)生じていたようで、伊藤・西村『教育改革の経済学』に、都立学校群制度の導入は「諸悪の根源」だったという記述を発見^^(第五章 pp72-74)。興味深いのは、当時の都教委・都教組の「意図に反して」改革は失敗したとされているところ。私はそうは思わない。公立高校を低位平準化させるのは最初からの目標でそれはみごとに成功したのだと思う。この「改革」の成功が、誰に最大の恩恵(というか唯一の恩恵)をもたらしたかを考えてみれば明らかではないだろうかとも思うのだけれど。。

まぁそれはともかくとして、ところでそもそも、大学へ進学することのメリットとはなんだろう。もちろん、第一義的には、教養を高め専門知識を深めることができるという点。実利には直結しないといわれるかもしれないが、これはけっして幻想ではない。むしろ、大学進学率が高まった今こそ、この点は強調されるべき。なぜといって、出発点の基礎学力が低いほど、教育の効果は高まるはずだから^^。しかしまぁこれもともかくとして、「実利」の観点からメリットを考えると、日本の大学教育の「収益率」は他国に比べて低いという統計がある。

大学教育の収益率については、国民生活白書などにも解説があるが、みらい wiki の「収益率」に関する記事が、出色の明快な解説。これによると、日本の場合、大卒と高卒の生涯所得の差は平均で7000万円弱。これは十分に大きな差だと思うが、しかしカネのことだけを言うならば、高卒ですぐに就職して4年間働くならば、大学へ進学した場合に比べて、平均で1600万円ほど「浮く」(大学の費用400万円+所得1200万円)。この1600万円を何かに投資したとする。その投資収益率が6%以上ならば、上の7000万円の生涯所得差は埋まってしまう。つまり、大学教育の収益率は 6%。たとえば預金利子率が 6%以上なら、確実に大卒・高卒の生涯所得差は逆転して、高卒のほうがオカネを稼げることになる。まぁゼロ金利時代に6%の実質?収益率は考えにくいが、ともかく、この6%という日本の数字は、他国に比較すると、かなり低い。欧米では 15%以上だそうだ。

この彼我の収益率の差は何に起因するのだろうか。これを探ることは、日本の大学教育の収益率が将来下がっていくのか、あるいは上がっていくのかを予測する材料になる。もちろんここでもまたまた「格差」を考慮しなければならないけれど(大学間格差)。

公立高校と階級再生産

公立高校再編の話に興味を抱くのは、今の大阪の高校の「勢力図」が、どうも納得できないから。

ひと昔前まで、大阪では、優秀な生徒の大半は公立高校に進学した。(もちろん例外はあるが、一般的に)私立高校は、いわゆる「滑り止め」として、あるいは公立高校へ入る学力のない生徒の受け入れ先として機能していた(たとえば桃山学院高校は学区内で2,3番目以降の公立高校志願者の典型的な「滑り止め校」だった)。イギリスの中高教育はこの逆の典型かもしれない。公立学校(state school)は「はきだめ」である。良家の子息(中流以上)は私立学校(public school)へ行く。私立の学費は目が飛び出るほど高くて、たとえば名門のイートン校では、年24000ポンド(576万円)。お金持ちの子は私立学校へ行き、大学を出て、高所得の職業につく。貧しい子は公立学校へ行き、ほとんどは大学へは行かず、低所得の職業につく。お金持ちの子はお金持ちになり、貧しい子は貧しいまま。つまり、階級は再生産される。このシステムのなかで、スタート時点からチャンスを与えてもらえない貧しい子がいるとしたら、それは明らかに機会の平等に反するし、有能な子を埋もれさせるという意味では社会全体としても不効率なことである。

この文脈で素朴に考えると、階級再生産の深化をくいとめるには、公立学校が「進学校」としてもっと頑張らねばならないと思う。つとに指摘されることだが、ここ数十年の大阪(日本)における変化は、階級再生産型へ向かっている。 Wikipedia「学費」によると、現在、東京都立高校の初年度納入金は 120850円、大阪府立高校では 154900円に対して、私立高校では 692027円。一方、東大合格者公立高校占有率(サンデー毎日)をみると、大阪では、1975年(昭和50年)の合格者 58名中 43名が公立高校出身(74%)だったのに、2005年には合格者 47名中 9名のみが公立高校出身(19%)。最高学府で高等教育を受けるためには私立高校へ行くのがはるかに近道。しかし、いわゆる「貧困率」(日本の場合には年収 240万円に満たない国民の比率)が 15~16%といわれる「格差社会」にあって、私立高校の学費は年間70万。エリートへのパスポートは庶民には手の届かない「高額商品」になりつつある。

なお、東京より大阪の方が公立高校の授業料が高いことをはじめて知ったが、これには憤りを禁じ得ない^^(財政事情の違いによるものだと言うのかもしれないが、それでは、大人の放蕩浪費のツケを子供に回しているようなもの)。それはともかく、なぜ上のような公立・私立の逆転が起きたのかを整理しておくことは大事なように思う。トリガーは昭和48年の学区改正。これを境に、受験生とその親たちは私立を選好しはじめた。この48年改革の理念(「高等学校間の格差を是正し受験準備のための過度の学習負担を軽減して正常な学習活動をもたらす」)は、その後30年にわたり公立高校運営の基本に据えられてきたが、その30年のあいだ、受験生側はひたすらどんどん私立へ流れ続け、結果として上述の格差が生じて、取り返し不能なまでに拡大し固定されてしまった。48年改革は、階級再生産型社会への道を整備して、階級再生産装置の強化に大きく寄与した、とはいえないだろうか。

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