2009年2月アーカイブ

Nikon Rumours

Nikon Rumours というサイトがあって、ニコンの新製品に関する噂が毎日のように流れている。つい先だって一部製品の値上げを発表したことなどまったく関係なし、世界じゅう?(のカメラファン)が「ナイコン」の一挙手一投足に注目している(いまどき Nikon をナイコンと読む人はいないか^^、株価は低迷してるけど・・・)。Canon Rumours もあるんだけど、最近は、こちらでもなぜかニコンの話題が掲載されることが多いような感じ。

このサイトでのリーク情報?をきっかけに、間近にせまったラスベガスでの世界カメラショー(PMA2009)にむけて、一昨日あたりから、ニコンの新機種に関する噂が流れている。(1) ここしばらく、大手量販電気店で、デジタル一眼 D40 の在庫切れが相次いでいる。これは、D40 の後継機種が出る証拠。(2) 後継機種には、12M画素の撮像素子と、swivel diaplay(液晶ライブビュー画面がぐるぐると自由に動かせる)機能が搭載される。(3) 後継機種の型番は、いよいよニコン初の4桁数字、D5000 となる。

息もつかせぬ新機種の投入。昔のニコンを多少とも知る者には、ニコンは完全に変身した印象がある。孤高の独自路線をすてて、表向きのスペック(目新しさ)でもキャノンやソニーに真っ向から対抗している。しかしこれで、キャノンに奪われたシェアを取り戻したことは事実。ちなみにボクの場合、キャノンにはプリンタ以外ではまったく縁がない。ソニーはカメラ屋ではなかったし、オリンパス(フォーサーズ)は別物で比較対象外。ただ、「時代の銘機」ペンタックス SP (絞り込み測光 TTL とスクリューマウントのタクマーレンズ)を長年保有した者としては、旧・旭光学(現・HOYAカメラ事業部)の行く末が気がかりなところ・・・。

それにしても、ネット上の噂は、実にまことしやかに語られる。たとえば、「ニコンの撮像素子をつくっているのはどこの会社か」^^。S社という説(噂)がもっぱらだけど、R社説もあるらしい。なんでも、実はキャノンもニコンも撮像素子はR社に依存していたが、キャノンがR社の技術者を引っこ抜いて「自家開発」をはじめたのに対して、ニコンはそんなことはせず今でもR社と対等の関係を続けている・・・等々(たとえば こちらのページ など)。

「歓喜の歌」の別解

ひょんなことから、「人生に目的はあるのか」と題された、興味深い文章を読んだ(こちら)。筆者によれば、人生の目的とは【快適に生きること】。

これだけ広い定義では異論はまず来ないだろうけれど、経済学の文脈では「消費者主権」という用語が連想される。現代経済学における至高の目的関数はわれわれ消費者ひとりひとりの効用(満足)最大化であり、個々人の幸福追求を阻害する要因、つまり、社会における不公正(機会の平等に反する差別、狡猾なただ乗りや馴れ合い、等々)を是正することは、経済学の存在意義でもある。もちろん経済学は私的感情的な類のものではないから、私利私欲による判断をとりあえず停止して、理論的実証的に考察をすすめることが必要。そういう公的なる精神を共有し涵養する場が、大学の経済学部ではないかとも思う。

閑話休題^^。この文章の末尾に引用されているシラーの「歓喜の歌」(ベートーヴェン「第九」最終楽章の合唱曲)の一節を見て思い出したことがある。

一人の友の友となる、その偉大な企てに成功した人/やさしい妻をかち得た人/この人たちこそは歓呼の声を共にせよ/そうだ、この地上でただ一つでもよい/ある魂を我がものと呼ぶことの出来る人も/それをなしえぬ人、その人は/この団結の輪から、涙を流して去ってゆくがよい
この詩には、別の日本語訳がある(許光俊『クラシックを聴け!』)。
なんとか誰かとマブダチになれたヤツ/優しい女を見つけたヤツ/よろこびの声をみんな一緒にあげようぜ/世界にただひとりでも/気持ちをわかりあえるヤツがいるヤツはだ/でも、それが全然できないヤツは/みんなから離れて泣いていろよ
この歌は、シラーが若い頃に酒宴の席で口走り、ボンの学生たちが酒場で酔っぱらってがなっていたものだそうだ。シラーとベートーヴェンはともに18世紀末から19世紀初頭に生きた人で、当時の若者の熱き血潮(酩酊の熱狂)がなんとなく感じられる。ベートーヴェンは、この詩を若い時に知り、晩年まで心に秘め続けた(酔っぱ学生たちが晩年までこの詩を心に秘め続けたかどうかは不明だが)。「第九」は、ベートーヴェンの、いわばスワンソング。大仰な日本語訳の歌詞と豪華絢爛の管弦楽に演出されるけれど、そこにはやはり、諦めやノスタルジアが込められているのでは・・・。

Out of the Blue

ベタ(日本語俗語辞書)ですが、空がとっても青かったので・・・^^。

( 2月17日撮影、D70 + Nikkor DX18-70 )

歯医者さん、院入試

若い頃からずっと、歯医者に不自由している・・・と、こんなことを書くのは、またしても失敗したから。総額で3万円ほどかけた治療(保険治療)が一昨日終わったんだけど、治療前より悪い状態になっちゃった^^。

本日、大学院の入試。ゼミ生の一人は、結局、受験しなかった様子。あれだけデキる子なのに、マジメに悩みすぎる。強引にでも道筋をつけてあげるべきだったか・・・まぁでも、ゆっくり行けばいいと思う。。一方で、彼女と一緒に勉強会に参加してくれていた男子院生は、めでたく某公立大の博士課程入試に合格。彼はひょっとすると某国立大にも受かっているのではないかと内心期待している。両方とも頭のいい子なんだけど、彼女と彼の違い、よくわからない^^。

写真は天王寺駅前。眠眠(中華)、名門酒蔵(居酒屋)、四分休符(喫茶)、ぜんぶ失くなってる(D90 + Tamron10-24)

新刊紹介で知ったんだけど、ある国立大教授は、大検を経て通信制大学を卒業という経歴をお持ちだそうだ(『独学という道もある』ちくま)。ちょっと、驚き。 とはいえ、本の中身をパラパラと見たが、「レールは一つではない、価値観は多様だ」という主張は、的外れのような気もしないではない。この人の場合には、親の海外赴任に随伴して大学卒業年齢に至るまでを海外で過ごした(海外から日本の通信制大学の講座を受講した)そうだが、この人が「私のような異質な経歴を持つ人は実は多くいる」として例示している人々は、まったく正常に既定のレールを歩んでこられた人々であって、なんら「異質」ではないようにもみえる。「高校へ行かずに学者になった!」という軽薄なキャッチコピーを見ると、彼らの価値観はどうやらさほど「多様」ではないようだ(たとえば大学へ行かずに会計士になるほうが数倍しんどいようにも思うが・・・)。彼らがやってきたことは、けっきょく、同じレールに遅れて乗りながらいかに効率的に前の者を追い抜くかということ、つまりどこまでいっても「受験競争」に他ならないのでは。。職業を問わず、長い回り道を経て何かしら諦念のようなものにたどりつき、そこから先はオマケで気がついたらどん底から這い上がっていたというような、そんな複雑な格闘^^の過程はあまり感じられない(ようにも思う)。

恵美須町のつけ鴨うどんは美味い(地図tukekamo.jpg politician-with-gold-s.jpg 右は、恵美須町近辺の貴金属店と政治家のポスター ( Casio EX-Z1200 )

呪われた青年

友人の話にヒントを得た、作り話です。

13名のうら若い男女(男5名+女8名)が7泊8日の合宿旅行に行った。ベッドルームには、ダブルベッドが6つとシングルベッドが1つあった。彼/彼女らは、毎晩、くじびきで、寝る場所を決めた。で、不幸な青年が一人いて、彼は、たった二晩しか女性とベッドを共にできなかった(残りの四晩は男とベッドを共にし、一晩はシングルベッドに一人で寝たらしい)。合宿がおわった直後から、彼は、「呪われた青年」と呼ばれている。

彼がほんとうに呪われているかどうかを統計学的に検定したい。

この場合、「呪われている」とは、公平なはずの抽選が人智を越えた神(悪魔)の力により彼にだけ不利に作用したこと、と考えよう。そして、帰無仮説は「彼は呪われていない」である。まず、この帰無仮説の下で、上のような事態が生じる確率を計算してみよう。

  • 13名(男5、女8)が、くじで、寝る場所を決める
  • ダブルベッド6つ + シングルベッド1つ

(A) ある男子が、女子とペアで寝る確率は、(シングルベッドのくじを引かない)×(となりの場所を他の女子がひく)=(12/13)*(8/12)= 8/13 (B) ある男子が、男子とペアで寝る確率は、(シングルベッドのくじを引かない)×(となりの場所を他の男子がひく)=(12/13)*(4/12)= 4/13 (C) ある男子が、シングルベッドに寝る確率は、(シングルベッドのくじを引く)=(1/13)

だから、7晩のうち、(A)女子とペアになった回数が a 、(B)男子とペアになった回数が b 、(C)一人で寝た回数が c となる確率は

(8/13)^a * (4/13)^b * (1/13)^c * C(7,c) * C(7-c,a)

ここに、C(x,y) は、x 個から y個を選ぶ組合せの数。

これは多項分布の関数である。多項分布の周辺分布は二項分布。そして、いまの場合にはとにかく、(A)女子とペアになる回数、これが焦眉のポイントなのだが、この平均は (8/13)7=4.3、分散は (8/13)(5/13)7=1.66。正規近似すると、a の下側5%点(平均-1.645√分散)は 4.3-1.645√1.66 = 2.18。サンプルが少ないので、厳密に、周辺確率を計算してみると・・・

女子とペアになる回数 a が 2 以下となる確率は 8.2%

これより、帰無仮説「彼は呪われていない」は、10%の有意水準で棄却できる。つまり、「彼はやはり呪われている」。

追記) 自分への備忘録もかねて(この歳ではすぐに忘れるので^^)。 a の周辺分布を描画する Mathematica スクリプト。二項係数 C(x,y) は、Mathematica では Binomial(x,y)、R では choose(x,y)。 Mathematica では実数値の引数も可能。

バーンスタインの DVD

正月前に予約注文した DVD が届いたので、さっそく鑑賞中(数量限定再プレスの格安版、HMV では1400円^^)。バーンスタイン+バイエルン放送響ほかのベートーベン9番。「自由への賛歌」コンサートと名付けられた、ベルリンの壁崩壊直後の特別演奏会の映像。第4楽章「歓喜の歌」の歌詞が「自由の歌」に変更されたそうだ(Freude 歓喜が Freiheit 自由に替わっているらしいんだけど、よくわからない^^)。 ライナーノートによると、この時すでにバーンスタインの肺ガンはかなり進行していたそうだが、それをみじんも感じさせない熱演。こういうのを、歴史的名演と呼ぶのだろう。しかし思い起こせば、当時は、それこそ、「すべての元凶は社会主義だった!」とみんなが叫んでいたような。。

歴史的大転換

経済評論家の東谷暁は、かつて、中谷巌をこう揶揄した(『エコノミストは信用できるか』文春新書)。

(中谷氏は)1990年に「歴史の勢いで日本経済の繁栄は続く」と述べ、1996年に「歴史的大転換」があったから日本経済はダメになったと論じ、2000年にIT革命は「大きな歴史の流れ」だから成功すると予想した。中谷氏が「歴史」という言葉を持ち出した時には、たいがい予想を間違う。なぜなら、中谷氏の「歴史」とは、「周囲の空気」のことだからである。あまりにいい人すぎて、周囲の空気に呑まれ、冷静な判断が出来なくなるのだろう。
その中谷氏の熱いマインドは、今また「歴史的大転換」を生じたらしい。ボクは、この人の新著(『資本主義はなぜ・・・』)を見たわけじゃないんだけど(見る予定もないけれど)、こちらのブログが怒っている。本の帯には次のキャッチが・・・
「新自由主義経済学」は悪魔の思想だ!!広がる格差、止めどない環境破壊、迫り来る資源不足、そして金融危機―すべての元凶は、資本主義にあった!「構造改革」の急先鋒と言われていた著者が、いま、悔恨を込めて書く警告の書。
この人が「構造改革の急先鋒と言われていた」かどうかは知らんけど、とにかく、そこまで入れ込んでいたモノを、ここまで全面否定してしまっては・・・。男の子に二言はなくはないが、反省とは、悪かった点・良かった点を慎重に整理して、次につなげることを言う。「広がる格差」は、本当に、「新自由主義経済学」の責任なんだろうか。規制を緩和して国際競争力を高めようとすることすら、「すべて」が間違いだというのだろうか。

まぁこの人は、東谷のいうように、周囲の空気を KY してるだけなんだろう。周囲の空気、たとえば、「○○主義から▽▽主義へ」という最近流行のフレーズ。こういうフレーズはものごとを単純化してしまい、思考を停止させてしまうのでは。。

てんのじ村(2)

週に一度はこの界隈の某所に用事で出向くので・・・。

( D90 + Nikkor 35 )

雨の円山公園、中平卓馬

さきほどテレビに、「ジェフ・ベック来日公演決定」というCMが流れた。2/18 大阪厚生年金会館。で、ある歌を思い出した。

ジェフ・ベックが来なかった雨の円山音楽堂
1975年にジェフ・ベックが京都公演をドタキャンした事件を語る歌である。出だしの歌詞でググって、豊田勇造という人の曲だったと思い出す。そう、高校時代に、友人に連れていってもらったコンサートで聞いた歌だ。たしか豊田はインターナショナルを標榜する生粋のフォーク歌手だったが、この歌には「毛唐め日本をなめるなよ」という国粋の香りを感じる^^。ジェフ・ベックにはまったく興味ないんだけど、豊田勇造のコンサートには30数年ぶりに行ってみたくなってる。6/6 円山公園。

中平卓馬という写真家(詩人?)。『なぜ中平卓馬か』という文章を偶然に見つけた。こんなもんを読んでいてはいけないと思いつつ・・・熟読してしまった^^。

「事物の擬人化、世界への人間の投影を徹底して排除し、事物の思考、事物の視線によって、世界はより深く浸透されつくされねばならぬ」(と中平は語るが、事物が)意味の連関から解き放たれたあるがままな姿を晒すとすれば、(それは)精神の崩壊した病者の視界(である。)
詩と写真の両極のあいだを揺れ動き、両者の止揚をめざすも道半ばで自滅した中平の精神。この文章の筆者は、それを、同時代の「唯物論」運動の破綻にだぶらせる。おもしろそう、あぁいかんと思いつつ・・・Amazon へ行く^^。でも、中平の代表作『来るべき言葉のために』や『プロヴォーク』には超プレミアがついていて、なんと相場価格は10万円前後。あちこちの図書館 OPAC を検索してみたが、蔵書はないみたい。それにしても・・・『来るべき言葉のために』とは魅惑的なフレーズ^^。筆者によると、
人類の歴史は実践の歴史に他ならず、ことばはいまだその付け足しでしかない。
あ~もうここでやめとこ^^。

卒業生がたずねてきてくれた。いろいろ話して、少し作業も手伝ってもらって、晩飯食って・・・。あいかわらず、まじめな勉強家。いちじんの清風。ボクのほうが、元気をもらった感じ^^。

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