2011年8月アーカイブ

八代尚宏「新自由主義の復権」(中公新書)。著者はこう問いかける。

市場競争が格差を拡大し日本の伝統を破壊した、という見方は本当に正しいのだろうか
たとえばフリータと正社員のあいだの大きな格差は、むしろ「日本の伝統」がもたらしたものではないだろうか。経済が長期停滞状態に入って正社員の椅子が少なくなっているのに、長幼の序により中高年正社員の既得権益が優先され、若い人の新規採用枠が減っている。終身雇用・年功序列・新卒一括採用という「日本の伝統」のもとでは、たまたま学校を卒業する年に日本の景気が良かったか悪かったかで、正社員になるかフリータになるかが大きく左右されてしまう。人手不足の高度成長期には誰でも容易に正社員の職にありつけたのに、就職氷河期にはどんなに有能な努力家でもフリータになる以外に道はなかった。不条理な話。だから、努力が正当に報われるためには、こんな「伝統」を廃して、機会の平等と公平な競争環境を整備することが必要だ。新自由主義が主張しているのは実はこのことだけ、こんなアタリマエのことを主張しているだけなのである ---

出張直前に、気になることをひとつだけ片付けた。秋学期から変更される実習室Linux環境の確認。Cent OS がうまく乗らず、けっきょく、Ubuntu 11.04 と Scientific Linux 6.1 になったようだ。拙宅の iMac で、このふたつの OS を試してみた。

Ubuntu 11.04 は、まず、ルートパスワードの設定 あたりから^^。日本語環境の整備を経て、現在、日本語 LaTeX 環境の構築中(便利な一発インストールのスクリプトがサポート外になったようで、ホントにこれ全部やらなあかんのか?)。このあと、emacs や R などなどのインストールへと進みます。なかなか快適、画面も美しくて良い^^。納入業者は日本語化までしかやっていないだろうから、学期がはじまるまでに、ひな形を作り直してもらわないといけない。

Scientific Linux 6.1 は、DVD2枚組イメージファイルのダウンロードに長時間を要し、また iMac(Parallels)へのインストールでもちょっと苦心^^。そのうえ、日本語化できない(Japanese Support とかいうのを yum しても日本語にならんよ)。これはダメだわ、もう面倒。作りもモサくて、ボクの感性に適合しません^^。ボクは ubuntu だけでいいから(と、知らんフリしてはいけないか?)。

FBと二重人格?

Facebook に関する素朴な疑問。利用規約上、複数のアカウントを持つことができないようだ。たとえば、仕事つながりのアカウント以外に、趣味つながりの別のアカウントを持つことができない。ボクのような二重人格者?は、これは困ったことだと思うのだけれど・・・。

まず、本人に明示する意志がなくとも、friend つながりで追っていけば、勤務先(職業)・出身大学・学部・卒業年(つまり年齢)あたりまでは容易にわかってしまう。華麗な学歴と職歴を持つビジネス・エリートたちが親交の輪を拡げるためには格好の機能かもしれないけれど、趣味が一致して friend になった人と会話をかわす際にはそんなものは必要ないし、余計なノイズにもなりうる。また、趣味つながりの friend との会話が、仕事つながりの friend にも筒抜けになってしまうという仕様は、どうにも「障壁」に感じてしまう。会話がしづらい。当然のことながら、個人的な趣味の会話は仕事仲間には無関係だし、職場つながりの会話は趣味仲間には無関係のことだから。ホントにコアの会話はクローズドなグループ内で行われているのだろうか(そんな風にも見えないけどなぁ)。

別件で気になるのは、"People whom you may know" や Friend リスト、Top News の並び。読み込む度に変わるが、ランダムに変動しているわけでもなさそうなんだけど・・・なにか規則のようなものはあるのかな。。

木村伊兵衛の13万コマ

吉例の9月上旬東京出張(私情協大会ほか)までに完成したい仕事があり、ちょっと焦りぎみ・・・と言いつつ、NHK-BSプレミアムの「シャーロック」全3回をじっくり鑑賞。やっぱり、イギリスのドラマは面白い。さらに、ひょんなことから、NHKが2006年に放映した「木村伊兵衛の13万コマ」のビデオを鑑賞(ニコ動で検索)。番組の最後に荒木経惟がこう語る --- (木村伊兵衛の写真には)何かがある。人間として一番大切な優しいもの懐かしいものがある。それをわからないヤツは「人間をやってこなかった」ヤツだ --- (要するに、木村伊兵衛ってあんまり・・・ということか?^^)。

大学からのかえりみち

戸籍の入力ミス

父の死去に伴うさまざまな手続きがほぼ完了した(といいながら、あとから追加でまだ出てくるかも)。この間感じたことは、やはり、「民」の厳密迅速・「官」の緩慢不正確。ほほえましい事件をいくつか体験できた^^。

請求書を提出すると、民間銀行は実質三日で処理を完了してくれた。カンポの場合は二週間ほど。しかし役所では、春に請求したものが一ヶ月待っても入金されず、こちらが電話で問い合わせをしたら半月後に振込があった。請求額は、民間銀行>カンポ>役所(役所に請求したのは5万円)。さらに、オマケの笑い話がいくつかある。 民間銀行が、戸籍の間違いを(役所に対して)指摘してくれた。R銀行の調査員(Iさん)が、複数の謄本間の奇妙な齟齬を発見して、それが大阪市F区役所の誤入力によることをつきとめてくれたのだ。事後にF区役所から私への電話連絡、「すんまへんな~訂正しまっけどね~ちょっと時間がかかりまんね~ん」(数ヶ月くらいかかるのかな^^。この電話じたいも、おそらく銀行からの指図があってのことだろうと訝っている)。 また、○○届証明書をもらうために、K区役所(梅香)→法務局(天満橋)→F区役所(野田)を、炎天下に(自転車で^^)たらい回しにされた。これもF区役所の怠慢が原因で、F区役所から法務局へ転送されているべき書類が、未転送のままだったのだ。法務局の担当者は、自分の責任ではないにもかかわらず、平身低頭にくりかえし謝ってくれた。しかしF区役所の窓口では・・・まぁ、泣く子と地頭には・・・^^。

デュランタ(拙宅近辺)

ロジットモデル

ロジットモデルの話は、別の場所に移動しました。

更新のために、しばらくサーバが停止していました。 この間のいろいろ。

糖尿や脳梗塞はホントに怖いとよくわかったし、医師の勧めもあって、食事のカロリー制限をはじめた。数週間で、体重が2kg減。先週金曜の血液検査では、各種数値が着実に改善。でもこれは、単に夏期休暇に入ってストレスがなくなったからだと思う(睡眠は足りているし、夜食もとらないし・・・^^)。

中之島の国立美術館で開催されている森山大道展に行ってみた。ぼくの中でのベストは展示されていなかったのでちょっとガッカリ。近年の写真はまったく知らないし、興味も無い。展示されていたなかでは、「2人の城1DK」と「櫻花」に目がとまった。前者は1967年12月朝日ジャーナルへの掲載。衛生的・近代的な「憧れの」ニュータウン集合住宅に住みはじめた若いカップルの生活を、ことさら暗く寂しく表現したもの。後者は1972年6月カメラ毎日に掲載、「国の花」サクラを「できるだけグロテスクに」表現しようと試みたもの。この後者には(初出掲載時に)別の評論家の解題がついていたようだ。その文章の末尾だけ引用すると・・・「櫻は日本の国花なのである。その国花が死臭をプンプンさせているのだから、この国も永いことはないのであろう。国花が国家を死滅させる」。当時のこういう雰囲気が森山人気を後押ししたという側面はあったのだろうと思う。

Google が、画像による画像の検索をはじめたらしい。一昨日に、ボク自身の何枚かの写真でこの検索をかけてみたところ、けっこうな数(というか、わんさか)無断コピーされていることが判明^^。なかでも大笑いしたのは、このアメリカのオバさんのブログ。無断コピーした花の写真に suffering というタイトルを勝手につけて、「神は苦しむ者の側に立つ」などと(聖人ぶって)のたまっている^^。まぁこの人自身は誰かからの引用であることを(小さく)明記していて、その誰かが無断コピーしたのだろうから、この人には直接の罪はないのかもしれないけれど・・・。

Getty images から、Contributor にならないかというお誘いのメールがきた。手続きのサイトをのぞいてみたが、アメリカ合衆国の非居住民ならば合衆国と日本政府の取り決めによりうんぬんかんぬん・・・と所得税に関するややこしい文言がならび、さらに、被写体からの release(公開許諾)はかくかくしかじかの・・・ということで許諾状のサンプルがあり、面倒きわまりない。もともと、そんな気はさらさらないので・・・。

鳥取砂丘・馬の背から

戸籍をさかのぼる

父の定期預金口座がひとつ見つかった(銀行から満期の知らせがきて判明)。で、遺産相続の手続き。みようみまねで遺産分割協議書なるものを作成し、やっとこさ必要書類をすべて揃えたつもりで銀行へ乗り込んたが、トーシロの浅はかさ、戸籍謄本が未だぜんぜん足りなかった。とにかく被相続者の出生からすべての戸籍が必要になるそうだ。考えてみればそりゃそうだネ。前妻がいたかもしれないし、その子供がいるかもしれない(父の場合にはありえないけれど)。というわけで、我が家の戸籍をさかのぼる作業をはじめた。

父は大正生まれなので、大正年間の我が家の戸籍までが必要になる。現在の戸籍からさかのぼっていくと、大阪市内で入手できるのは2つ前までとわかった。その前は、神戸だ。神戸の前は、熊本と福岡の文字が判読できる。九州まで行くことはないだろうけれど、とにかく神戸の区役所に行かねばならない。しかし、神戸市のどの区役所に行けばよいのか?そこで、謄本に登場する昔の町名が現在の神戸市のどの区にあたるかを、Google Maps で調べてみた。登場する町名はすべて現在も存在していた。なぜか神戸がすごく身近な街に思えてくる。

我が家の先達は、昭和3年に、神戸から「東洋のマンチェスター」大阪へ移動した。神戸の家は、「省線三ノ宮駅」(野坂昭如「火垂るの墓」)から徒歩20分ほどの公園通り付近だ。祖父の実家と祖母の実家はいずれもこの公園通りに面した町内にあり、200mも離れていない(昔の丁番地がそのままだとしたら)。幼なじみの結婚か^^。ともあれ明後日は神戸まで出かけて、区役所で謄本をもらった帰りに、この公園通りを歩いてみよう^^。

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