2015年3月アーカイブ

データサイエンス

先日、某大学で「データサイエンス学科」の新設が企図されていることを小耳にはさんだ orz(ラッスンゴレライ=意味わからん)。これはアホかと思って、担当者に直接聞いてみたところ、あれはバカだという返事だったので、あぁそういうことかとひとまず納得^^。

下の図は、ガートナーの Hype Cycle(左が2013年版、右が2014年版、左クリックで拡大表示)。テクノロジに関する Buzzword(流行語)の盛衰を、勃興→過度の期待→幻滅→啓蒙→安定というフェイズに分けて図示したもの。

「データサイエンス」は、2013年には表示なし(ランクインせず)。2014年にいきなり「過度の期待」の入口付近に出現(ただし2年から5年で「安定期」に入ると予想されている)。ここ数年の「データサイエンス」人気は、明らかに「ビッグデータ」人気にあやかったものだが、親分の「ビッグデータ」のほうは、2013年に「過度の期待」のピーク手前だったが、2014年7月には既に「幻滅期」に入ってしまっている。

「データサイエンス」という用語は、実はずいぶん以前から、使われてきた。たとえば、私の知る範囲で、日本ではこれまでに、ふたつの「データサイエンス・シリーズ」が発刊されている。いずれも共立出版からの発行で、ひとつは、2001年から2002年にかけて10巻が発刊された「データサイエンスシリーズ」。もうひとつは、現在も次々と新しい巻の出版が続いている「Rで学ぶデータサイエンスシリーズ」。したがって、ガートナー・サイクルになぞらえると、「データサイエンス」という用語は、15年ほど前にいちど出現してそのサイクルを終えたあと、昨年にわかに再登場(新装開店)。しかし、数年後にはふたたび消える(安定期に入る)と予想されている。ちなみに、あるベストセラー統計学書の著者は、数年前に(早大大隈講堂で)「データサイエンティストなどという用語は(「ハイパーメディアクリエイター」と同様に)数年後には死滅する」と予言していた(ただ、その当人がさいきんは「データサイエンス講座」に登場しているんだけど・・・^^)。

「データサイエンス」の具体的中身についても曖昧なままのように思うが、いまの時点では、「データサイエンティストと呼ばれる人たちが実際にやっている仕事」などと言う以外にないような気もする。比較的に高度なITスキルが必須で、分析手法も伝統的なものとは一線を画する、というイメージ。

学位授与のセレモニーの際に、わずかなミスをしでかした。研究科長が読むべき文章とは別の文章(学長が読むべき文章)を読み上げてしまったんだけど、担当者以外は誰も気づかず、事なきを得た^^。今年のゼミ卒業生は少人数、とくに女子学生たちの艶やかな袴すがたに感動(想い出に残る写真も何枚か撮れたんだけど、掲載は控えます)。先々週まで続けていた英書講読のサブゼミ(ピケティ)、あと少しでキリのよいところだったんだけどな。ヒマができたらまた大阪市内ででもやろうと、いつもどおりの会話にて、散会(いや、ぜひまた、やりたいなぁ)。。先々月に酔っ払って深夜まで引きずり回した、YゼミのK君は、愛機のペンタックスを持参していた(フラッシュにはディフューザ、流石、あたりまえか^^)。

ところで
先日、ボクのブログ(この雑記帳)など見るはずもないとおもっていた同僚から「先生のブログを見ました」と声をかけられた。で、久しぶりにログを確認してみたところ、↓の記事を掲載してからしばらくのあいだ、アクセスが急増していた。まぁ、アクセス量は記事の「不適切」度に比例するということ^^。

総務省からのMLでたまたま知ったんだけど、gaccoで「社会人のためのデータサイエンス」という講座が開講されている。一般の社会人を対象にした講座で、予備知識ゼロで受講が可能。こちら で、登録と聴講ができる(もちろん、無料)。本家の英語版MOOCと異なり、日本版MOOCのこうした指向は、知の裾野を広げ、社会問題に関する冷静な理解や議論を促すなら、とても良い試みだと思う。本家の英語版は(さいきんは少し変わってきたようだけれど)、自組織の研究レベルの高さをアピールして世界中から天才を発掘/ハントするという当初の印象が強い。

ps. ↑日本版MOOCの「データサイエンス」。第一週の放映分をまとめて鑑賞。西内氏のイントロは面白かったけれど、それ以後の別の人たちの講義はちょっと雑な印象が・・・(たとえば、回帰分析の紹介でいきなり「因果関係」という用語を口走ってしまうのは×^^)。

性悪(しょうわる)

「全てを疑え」とはマルクスの名言(らしい?マルクス名言集、むしろ冒頭の経哲草稿からの(チョットおかしい)引用が懐かしいけれど)。文字通り(この字面そのままに^^)、この季節にはとりわけ、私の内なる性悪論者の本性が露骨になって、まわりに辟易とされている^^。

この季節とは、留学生のビザ更新の季節。とりわけアジアの某国から大量に流れ込んでくる留学生たちの拝金主義、法の抜け穴や他人の温情鈍感に付け入ろうとする貪欲な態度を目の当たりにすると、自分が憎まれ役になって、この愚かしい現状をなんとか改革せねばならないという使命感に駆り立てられるのだ^^。

これまでの経験から、彼らの平均学力は、本学の日本人学部学生より劣るだろうと推測している(もちろん個体差はあるけれど、まれに、中学レベルの算数や英語すらおぼつかない者も)。にもかかわらず、日本の大学は、彼らに対して寛大である。彼らは、多額の給与奨学金(返済しなくてもよい奨学金)を大学や諸団体からかき集め、学費免除の恩恵にもあずかりながら、さらにビザの制限時間を超える「不法就労」でカネを稼いでいる(者もなかにはいる)。

いっぽうで、この国は、日本人学生つまり自分の子供たちには、あまりにも冷たい。多くの場合、日本人大学院生には貸与奨学金(将来に利息付きで返済せねばならない奨学金)の枠しかなく、学費免除のチャンスも無い。優秀でひたむきな学生が就活に苦しんでいる姿をみると、大学院に進んで実力で世間を見返してやれとも言いたくなるが、この現状ではムリだ。

某国からの留学生たちの多くは、カタコトの英語も話せないうえに、日本人学生との交流もほとんどない。つまり、「留学生」としての本来の使用価値がない。流ちょうな英語を話し、アクティブで、見た目も異質な(キャンパスに華をそえる)欧米からの留学生たちとはまったく対照的だ。卒業式で修士・博士学位が授与されるが、日本人学生たちは、そのときにはじめて、本学の大学院修了者の大半が某国からの留学生であることを知る。そして、素直な日本人学生たちは、「やっぱり、○○人って、頭がいいんですねぇ」と感嘆の声をあげる。バカバカしいったらありゃしない^^

セクシー

雑務に追われながら、あいかわらず、Python 本を読書中(まぁ、一年来の課題「調査観察データの分析」との交差集合がどんどん大きくなりつつある、ということで・・・^^)。iPadで動くPython、Code2Go, Python2, Python3, Pythonista, Computable など、いろいろと試してみるが、どれひとつとして、pandas がちゃんと動かないのは、データ容量などの関係か?

プログラミング言語の魅力を「セクシー」という形容詞で語る人がいるけれど、昔から、なんとなく気になっていた(簡潔な論理操作にうっとりするという感じ、かな?)。Pythonがセクシーかどうかはまだ不明。でも、ある言語にこれだけ没頭するのは、ほんとうにひさしぶりだ。
ちなみに私の本格的なプログラミング歴は、20代前半からのC言語と86アセンブラ、C++ を経て、30歳代なかばに大学に職を得た時点で、実質的に終了。理由は、専任教員のテニュアを得て近視眼的にガッツいて頑張る必要が失せたこと、当時の大学の情報系専任教員たちはホントに程度が低くて刺激がなかったこと。それから、Java という鈍重な言語が世の中に登場したこと(好き放題で、すみません)。

一ヶ月ほど前に、自分の名前でネット検索をしていて(悪口を書かれていないかどうかをチェックするための定期作業^^)たまたま見つけたんだけど、見ず知らずの人が、論文に私への謝辞を書いてくださっている(こちら)。引用ならともかく、見ず知らずの人から謝辞をもらうとは?。フシギな気分でいたが、先日、ひょんなことから、10年ほど前に何度かメールで質問をしてきた一橋大の院生がいたことを思い出して、過去のメールをチェック。ずいぶんとツッケンドンな応答をしていたことを反省しつつ、この人の就職先を検索してみたのだが・・・消息はわからずじまい。自分の院生時代とオーバーラップして、気持ちが沈む。

総務省の「アプリde統計」が iOS でも利用できるようになったというので、試してみた。アプリとしても、統計ネタの教材としても、いまひとつ。マグロの消費量が日本一多い県はどこか、そんなことばかりを子供に覚えさせても・・・。データを見たら、その意味を考えようとする習慣が大事。マグロでもなんでもいいんだけど、アプリ以前に、理由や意味を考えさせるシナリオ作りが必要だと思う。

スカム、流星ワゴン

川崎の事件について、先週末、英国人と会話。To calm the victim's soul, the criminal's parents should hang themselves など。
円安にしたアベ(アに強勢)を「敵」と呼ぶ人なんだけど、学校教育法改正により、最近のアベは共通の「敵」になった^^。敵の敵はトモダチ、共通の敵を持って互いの親近感がいっきょに増した気がする。

日曜夜9:00の「流星ワゴン」、西島・香川のコンビはやはり面白いが、子役の高木星来が泣かせる、泣かせる。こんなに良い子が素直に育てば、どんなに幸せな世の中になるだろう。良い子には良い親、あの親にしてあの子あり、やっぱり親の責任は重いんだなぁ。。

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