いまひとつ、健康関連の話で。いくつかの有名な週刊誌がしばしば、健康関係の特集を組んでいて、docomoのdマガジンや Kindle Unlimited で読み放題なので、ついつい読んでしまう。なかでも非常に興味深かったのは、一昨日にたまたま目についた、人間ドック学会「健康診断の新基準」。人間ドック学会というところが、大規模なデータ分析の結果、従来の常識をくつがえす新しい診断基準を提示したという(ことになっている)話題。関係者には旧聞に属することだろうけれど、授業ネタにも使えそうな面白いハナシだと思う。
たとえば、LDL悪玉コレステロールの正常範囲は60-119ml/dLとされてきたが、この「新基準」では72-178が正常範囲と改められている。これでは私の過去の検査値はすべて正常だったことになってしまう。さすがに驚いて、元の研究報告書にあたってみた(こちらpdf)。流し読みなので誤解があるかもしれないけれど・・・要するに、全国の人間ドックが保有する150万人のデータから「超健康人(スーパーノーマル)」1万5000人を選び出し、彼らの検査値の分布を正規変換して95%信頼区間をとったものが、上の「新基準」とされているようだ。
この「新基準」は発表当初から多くの批判にさらされたようだ。しかし、ネットで検索するかぎり、批判する側の切れ味もいまひとつで、要を得ない。「ふたつの異なる基準が並存すると混乱をまねく」といった指摘だけでは、果たしてどちらが正しいのかはまったく不明だ。一例を紹介すると、 こんな調子。
人間ドック学会の調査は、これまでにない大規模なもので医学的に正しい。人間ドック学会は健康な人を検査し、お医者さんは症状がある人の検査を行うため、双方の見解が異なるのは当たり前だが、背景には、医療費を削減したい健康保険組合連合会と、患者が減っては困る病院側のせめぎ合いもある。
「医学的に正しい」という発言は意味不明だが、もとの作成方法から考えて、人間ドック学会の(調査結果を)「新基準」(とすること)は統計学的には誤りだろう。
そもそも、世間の100人に1人しかいない「超健康人」のうちの、さらに2.5%未満の人たちのコレステロール値が178を越えていたことは事実なのだろうが、これをもって、「コレステロール値170以上でもあなたはだいじょうぶ」などと診断することができるはずもない。
ベイズ定理の素朴な適用だが、「新基準に検査値がおさまる」ことを A として、「超健康人である」ことを B とすると、P(A|B)=0.95, P(B) = 0.01 が人間ドック学会の調査結果。そこで、たとえば私の検査値が新基準におさまったとして、私が超健康人である確率は P(B|A) = P(A|B)P(B)/P(A) = 0.0095/P(A)。P(A)とは検査を受けた人のうち「新基準」におさまる人のパーセンテージだが、これが50%とすると私が超健康人である確率は 0.0095/0.5 = 0.019 つまり、わずか2%。P(A)が10%としても私が超健康人である確率は 0.095/0.1 = 0.095 で10%弱である。
かつて、喫煙量と肺がんの相関をめぐって、JTと日本医師会がやりあった一件。もちろん医師会の批判が全面的に正しかったのだけれど、JTの誤った相関図を引用する愛煙家は未だにいる(タバコを吸うと、実は肺がんのリスクは減るそうでっせ)。上の「新基準」もすでに独り歩きしている感も・・・^^。